大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2549号 判決 1989年2月27日

控訴人(被告) 日本航空株式会社

被控訴人(原告) 佐藤賀子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決五枚目裏五行目の「限り」の次に「原則として」を、同七行目の「なつた」の次に「(以下、2、3の処分を「本件各処分」という。)」を、同一六枚目裏二行目の「指示した」の次に「(以下「本件勤務変更指示」という。)」を各加え、別紙の「控訴人の主張」、「被控訴人の主張」を付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

三  証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は、当事者間に争いがない。

二  勤務変更権の有無について

本件各処分は、被控訴人が、本件勤務変更指示に従わなかつたことに起因するものであるから、控訴人が勤務変更権を有するか否かについて判断する。

1  被控訴人ら控訴人の客室乗務員(客室乗務員訓練生を含む。以下「客室乗務員」という。)の勤務時間、休憩、休日等の勤務に関する諸条件につき被控訴人の属する客乗組合と控訴人間に抗弁2(一)のとおりの勤務協定が存すること、勤務協定に勤務割作成後に控訴人がこれを一方的に変更できる旨の明文の定めがないことは、当事者間に争いがない。

右争いがない事実と成立に争いがない乙第一号証、同第六号証、原本の存在、成立に争いがない甲第一号証、同第一七ないし第一九号証、証人関河真克、同奥野道夫、同兼子勲、同伊藤泰史(一部)の各証言によれば、次の事実が認められ、証人伊藤泰史、同芝佳宏の各証言中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  控訴人の職員の就業時間、休憩、休日等の勤務条件は、控訴人の就業規則及びそれに基づく服務細則に定められているが、被控訴人ら客室乗務員の就業時間等の勤務条件については、その適用が除外されて別に定めることとされ(同規則第64条(7))、この別の定めとして、客室乗務員就業規程(以下「規程」という。)がある。この規定を受けて控訴人と客乗組合との間に「客室乗務員の勤務に関する協定書」によつて協約が締結され(本件当時の協定を「本件協定」という。)、それについての覚書(IとIIがある。)(本件当時の覚書を「本件覚書」という。)が交換されていた。

(二)  本件協定及び本件覚書は、規程に基づき更にその内容を詳細に定めたものであるが、客室乗務員についての勤務時間、休養、休日等の勤務条件を定めた(右定めは労働基準法等の法令所定の基準を充たしている。)上、「客室乗務員の勤務は、勤務の種類及び休日を明示した勤務割表による」(本件協定3―1)、「勤務割表は原則として一か月を単位とし、前月の二五日までに作成し各人に配付する。」(同3―2)、「勤務割作成にあたつては、この協定に定める事項に準拠しなければならない。」(同3―3)としている。この勤務割は、毎月二五日に翌月分が一括して客室乗務員に公表されるが、その後も客室乗務員各人の年休又は病休の申請、航空機材の変更、運航時間の変更等に応じ、控訴人が一方的に変更し、その変更ごとに控訴人から各客室乗務員に乗務指示として通知されていた。

(三)  規程はもとより、控訴人と客乗組合との協約にも、控訴人が勤務割を一方的に変更指示できることを定めた明文はないが、規程及び本件協定、本件覚書(乙第一、第六号証)中には、一定の場合ではあるが、控訴人が勤務割を変更しあるいは変更することを前提とする定めがある。例えば、本件協定4―3、同6―2―5は控訴人が勤務割の変更を義務付けられている規定であるが、これは控訴人が勤務割を変更することを前提としているものであり、規程7条、本件協定5―4―1、同5―4―2は先任客室乗務員又は機長が制限勤務時間、乗務時間を延長できる規定であり、同5―1―2、同5―5は勤務割変更がされることを前提とする規定であり、規程11条、本件協定5―8―1、同5―8―2、同6―2―2は勤務割を変更することを前提とした上、その変更がされる場合の制限規定であり、本件覚書II4は控訴人が一定の手続をとることにより協定に定める出頭時刻前に出頭を命じうる規定である。

2  右に認定の事実を基にして判断するに、客室乗務員の勤務時間、休養、休日等の勤務条件については、控訴人の営む定期航空運送事業における客室乗務員の勤務の特殊性にかんがみ、地上職員のように固定的、一律にこれを規定するのは適当でないため、規程及び本件協定、本件覚書により、勤務割指定、変更という方法により控訴人がこれを定めうることにしたもの(勤務割制度)と解せられる。定期航空運送事業は、運輸大臣の免許を得たもののみが営みうる独占的事業であつて利用者の選択の余地が少ない上、予め定められた運航時刻(運航ダイヤ)によつて運航されるべきもので、右運送業務の遅滞が公共の利便に与える影響は極めて大きいところ、右運送業務は、天候の悪化、災害の発生、航空機材の故障等による延着、欠航等に強く影響を受け、その遂行のためにはこれに緊急に対応する必要があり、ひいては客室乗務員の勤務もこれに応じざるをえないが、勤務割の変更については、職員の技能、経験、職員間の公平、勤務条件についての労使間の合意、変更前の勤務についての補充要員の有無等多様、複雑、困難な諸要素を考慮して緊急に対処する必要があるから、客室乗務員の勤務割の変更は、控訴人の裁量判断に委ねるのが相当であつて、右のように控訴人が勤務割を定めうるのみならず、これを変更しうる権利をも有するものと解するについて十分根拠のあるものであり、これを違法とすべき事情は存しない。このような、右の勤務割制度の趣旨からすれば、控訴人は、労働基準法等の法令、就業規則、規程及び本件協約、本件覚書等の制約に反しない限り、客室乗務員に対し、勤務割を指定しうる権利を有するのはもちろん、勤務時間の延長、休養時間の短縮等にわたることがあつても、一旦指定した勤務割を変更しうる権利をも有するのであり、このことは、勤務割変更をするのが勤務日当日であるか否かによつて異なるものでないと解するのが相当である。

もつとも、勤務割変更指示は、勤務時間の延長、休養時間の短縮等を招き客室乗務員の私生活に影響を与えることが多いのであるから、控訴人は、勤務割変更指示に当たつては、変更の事由、その必要性、変更権行使の時期、変更される者への影響の程度、後記のスタンドバイ制度が設けられていること等諸般の事情を考慮して慎重にこれを行うべきであり、控訴人がこのような考慮を怠り、その有する権利の行使がその範囲を超え、濫用にわたる場合には違法となるというべきである。

被控訴人は、客室乗務員の始業・終業時刻が前月二五日に会社が発表する勤務割によつて確定され、その後の変更(特に当日の勤務割変更)は客室乗務員の承諾を得ない限りできない旨の主張をし、控訴人の勤務割変更は、本件協定4―3、同6―2―5、本件覚書II4のように協定又は覚書によつて勤務割変更が認められた場合に限られるとするが、これらの規定は、前示のとおり、控訴人に勤務割変更権があり、これを前提とした上、控訴人に勤務割変更を義務付けたもの又は控訴人が勤務割変更をする場合の制限を規定したものと解するのが相当であつて被控訴人主張の趣旨の規定とは解せられず、また、本件覚書II4の場合に勤務割変更に客乗組合への通知、理由の説明義務を課したことをもつて当日の勤務割変更が禁止されている根拠とするが、右の規定は、本件協定5―10―1(1)に定める航空機出発予定時間との関係で定められている出頭時刻前に出頭させる場合の規定であつて、大雪、大規模なデモ等で通常の出頭時刻に出頭が確保できないでかなり多数の乗務員の勤務変更を要する場合を予想して特別な手続規定を定めたものであつて、それ以外の勤務割変更に及ぶものではないと解されるから、当日の勤務割変更禁止の根拠とはならないものというべく、さらに、スタンドバイ制度(本件協定1―4)が設けられていることをもつて、その主張の根拠とするところ、右制度が勤務割の不時の変更に備えたものであることは右協定上明らかであるが、規程、本件協定、本件覚書等上これによつて控訴人の勤務割変更権が被控訴人主張のごとく制限されるものと解すべき規定はなく、スタンドバイ制度のあることが勤務割変更の際考慮すべき事情ではあつても、被控訴人の主張の根拠となるものとは解せられない。証人安慶名孝功、同伊藤泰史、同芝佳宏の各証言中には、被控訴人の主張に沿う部分があるが、前示説示に照らし、たやすく採用することができない。

他に控訴人が勤務割変更権を有することについての前示認定判断を覆して前月二五日に発表される勤務割後の変更又は勤務日当日の勤務割変更が被控訴人主張のごとく制限されるものと解すべき右規程等上の規定その他の証拠はない。

三  本件勤務割変更指示の適否について

1  抗弁1(一)の事実及び同(二)(1)、(2)のとおりの機材故障が発生し、控訴人が同記載の判断の下に、同記載の機材の変更、客室乗務員の変更をしたことは当事者間に争いがない。

2  控訴人がした機材故障に伴う機材変更の処置が合理的であつたことは、原判決五四枚目表三行目の「本件」から同裏末行目末尾までのとおりであるから(但し、同裏八行目の「これと」の次に「前掲関河証言及び」を加える。)、これをここに引用する。

次に、機材変更に伴う客室乗務員の勤務割変更の必要性及び客室乗務員の選択の適否についての判断は、次のとおり付加し、削除するほかは、原判決五五枚目表一行目の「機材」から同五八枚目表六行目の「ある。」までのとおりであるからこれをここに引用する。

(一)  原判決五七枚目裏四行目の「なお」から同末行目の「あるが、」までを削除する。

(二)  同五八枚目表六行目の「ある。」の次に改行の上、次のとおり付加する。

「前掲乙第一号証、成立に争いがない乙第三号証、同第五号証、証人水田春治の証言により真正に成立したことが認められる同第七号証及び証人関河克巳、同五味孝の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、当時被控訴人らのグループの者は、既に規程及び本件協定に定められた一二時間(規程11条1項、本件協定5―8―1(1))以上の休養をとつており、本件勤務割変更指示は労働基準法等の法令の定めに反すると認められるところはないのみならず、就業規則、規程、本件協定、本件覚書等上の制約にも抵触しないのであり、被控訴人らグループの者が本件勤務割変更指示に応じても、休養時間は三〇分程度短縮されるのみであり、また羽田の到着時刻は一時間二五分延長されるが、変更後の最後のスケジユールはデユーテイデツドヘツド(機内業務に従事することなく航空機に塔乗して移動すること)(規程2条(6)、本件協定1―5)であつてその労働負担が著しく重くなるものではなく、被控訴人らのグループの者が本件勤務割変更によつて私生活上著しい影響を受ける事情は窺えなかつたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、前示のとおり本件協定にはスタンドバイ制度があり、被控訴人は、被控訴人らのグループの者の勤務割をそのままとして福岡及び東京のスタンドバイ要員を乗務させるべきであつたと主張し、被控訴人らのグループ及び林グループともに当初予定した便に乗務させ、三二六便は福岡及び東京のスタンドバイ要員によつて運航することも不可能でなかつたことは、控訴人において自認するが、しかし、前示のとおり控訴人は定期航空運送事業を営むものであり、その業務運営の過程においてしばしば生じうるトラブルに緊急に対応して遅滞なく業務を遂行することが要求されていることを考えれば、控訴人がいかほどのスタンドバイ要員を確保し、これをいかように起用するかは本来控訴人の裁量に委ねられているものというべきであり、前掲各証拠によれば、本件勤務割変更指示当時、福岡には三名の自宅待機のスタンドバイ要員が、東京には九名の出勤スタンドバイ要員、一〇名の自宅待機のスタンドバイ要員がいたほか、成田には国際線におけるスタンドバイ要員が確保されていたが、控訴人は、スタンドバイ要員の起用方針として、<1>同じ基地どおしで確保すること(後述のとおり控訴人は東京、大阪及び福岡の三空港に客室乗務員の基地を置いており、客室乗務員はそのいずれかに属しているところ、勤務割変更の必要が生じ、そのためスタンドバイ要員を起用するときは、当該勤務割を変更する客室乗務員の属する基地のスタンドバイ要員を起用する。)、<2>スタンドバイ要員を起用しなければ対応できない事態に備えるため勤務中の者の勤務割変更指示で賄いえない場合にスタンドバイ要員を起用することとしていたこと、本件機材繰り変更に伴いDC10型機で運航される九〇九便(午後六時五〇分東京発沖縄行)にはスタンドバイ要員八名を起用せざるを得ない状況にあり、同便と三二六便をともに東京のスタンドバイ要員で運航すると(右<1>の関係)東京のスタンドバイ要員はスチユワーデス三名を残すのみとなること、被控訴人主張の処置によると、更に他に勤務割変更の事態が生じることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠は存しないところ、控訴人が本件場合において右スタンドバイ要員起用の方針のもと右の事情その他前示諸事情を考慮して右スタンドバイ要員の起用をしなかつたことは、控訴人の裁量の範囲に属するものというべきであり、この点被控訴人らのグループの者を一五四便に乗務させ、一五三便に成田のスタンドバイ要員を起用する方法がありえても、成田のスタンドバイ要員は国際線におけるものであることに前示諸事情を併せ考えれば同断であり、他に前示諸事情に照らし控訴人が右スタンドバイ要員を起用しなかつたことが控訴人の裁量の範囲を逸脱しているものと解すべき事情を認めうるような証拠はない。

以上認定し説示したところを総合考察すれば、本件勤務割変更指示は、勤務日当日になされたものであつても、たやすくこれを不合理、不相当のものということはできない。

このような次第で、控訴人がした機材の変更は合理的であり、客室乗務員の勤務割変更の処置に格別不合理、不相当なところはなく、本件勤務割変更指示に権利の濫用ないし信義則違反は認め難い。

したがつて、本件勤務割変更指示は適法である。」

四  本件各処分の適否について

1  被控訴人が本件勤務割変更指示に応じなかつた経緯について判断する。

被控訴本人尋問の結果(原審)によつて原本の存在とその真正成立が認められる甲第二七号証、前掲乙第七号証(一部)、証人安慶名孝功、同関河真克、同水田春治(一部)、同工良吉(一部)の各証言、被控訴本人尋問の結果(原審、当審)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、乙第七号証、弁論の全趣旨により原本の存在とその真正成立が認められる同第二一号証、同第二三号証及び証人工良吉、同水田春治の各証言中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  控訴人は、東京、大阪及び福岡の三空港に客室乗務員の基地を置いており、客室乗務員はそのいずれかに属していて基地へ通勤可能な地域に居住し、一連の勤務は必ず基地から始まり、基地に終わることとされ、被控訴人のグループの者は東京の基地に属しており、昭和五四年一一月二四日の本件前日及び翌二五日の本件当日の被控訴人とその部下のスケジユールは抗弁1(一)記載のとおりであつたが、本件当日に同(二)1記載の機材故障が発生したため、控訴人は、同所記載の判断をして機材繰りを当初予定の原判決別紙(二)記載のものから同(三)のものに変更し、右変更に伴い、同(二)(2)記載の判断の下に、被控訴人らのグループを含む同所記載の内容の客室乗務員のスケジユール変更をした(この各事実は、当事者間に争いがない。)。

(二)  被控訴人らのグループの者の本件当日のシヨウアツプタイムは午後二時五〇分であり、宿泊先の東洋ホテルを出発すべきピツクアツプタイムが同午後二時二〇分となつていた(このことは当事者間に争いがない。)ところ、被控訴人は、同午後零時三〇分ころ食事のために同じグループのアシスタントパーサー三名と共に東洋ホテルを出て、同午後一時四五分ころ同ホテルに戻つたところ、ホテルのフロント係より「大阪の航務課から電話を下さいとのメツセージが入つています。」との連絡を受けた。

(三)  被控訴人は、直ちに控訴人の大阪空港支社航務課に電話したところ、同課の担当者が本件勤務割変更指示をした(この事実は当事者間に争いがない。)。これに対し、被控訴人は、「当日の勤務変更は協定違反になると思うが組合の了解を得ているか。」と尋ねたところ、同課員は、「組合と連絡をとつてやつていると思うが。」と答えたが、その点を確認していなかつたので、「羽田から電話させればいいのか。」と尋ね、被控訴人は「そうです。」と答えた。

(四)  同日午後一時五〇分ころ、同航務課の課員は、同支店旅客課に、「一五四便のクルーが来ないので、飛行機が大幅に遅れる可能性がある。」旨を伝えるとともに、羽田客室乗員部(関河スケジユーラー)へ連絡し、被控訴人が勤務割変更について組合の了解を求めている旨の連絡をした。これとほぼ同時に、同大阪支店においては、旅客課と客室乗員課で対応策を協議し、ちょうど乗務を終了したばかりの尾崎チーフパーサーのグループに一五四便乗務への協力を求めた。

(五)  同日午後二時ころ、関河から連絡を受けた羽田客室乗員部の水田先任チーフパーサーは、同ホテルのロビーにいた被控訴人に電話し、本件勤務割変更の指示をし(この事実は当事者間に争いがない。)、その理由を説明した。被控訴人は、同人に対しても、「組合の指示に従うので、組合と連絡をとつてほしい。」と答えた。水田は、被控訴人に対し、「乗務拒否するのか。」と詰問したが、「一応組合に連絡しよう。」と答えるとともに、「部屋に戻つて、制服に着替えるように。」と指示した。

(六)  そのころ、羽田客室乗員部の黒沢チーフパーサーは、客乗組合本部に電話し、同本部の副委員長である安慶名孝功に対し、被控訴人らグループの者について勤務割変更をする事情を説明し、組合から被控訴人を説得してほしいと依頼した。これに対し、安慶名は、「一五四便に被控訴人のグループを乗務させ、下りの一五三便は成田にいるスタンドバイ要員を充てるのはどうか。」と提案した。これに対し、黒沢は、「なるほど。」と言つて、検討を約した。

(七)  安慶名は、同日午後二時一五分ころ、ホテルの部屋に戻つていた被控訴人に電話し、「一五四便で終わりにし、成田からチヤーターバスで帰るということでいいか。」と尋ねた。被控訴人は、「それでいいが、アシスタントパーサーの意見を聞いて、電話する。」と答えた。

(八)  黒沢は、(六)の電話後直ちに水田と安慶名の提案について協議したが、結局これを拒否して当初の指示どおり被控訴人の勤務割を変更することを確認し、黒沢が、安慶名に電話したが、同人は(七)の通話中であつた。

(九)  安慶名は、(七)の電話が終わつた直後に、黒沢から電話があつたことを知らされたので、黒沢に電話した。黒沢は、安慶名に対し当初の指示どおり、被控訴人を一五四便に乗務させることを伝えた。この電話は、途中から黒沢から水田に代わつたが、その通話の途中に別の電話で大阪支店から羽田客室乗員部に電話があり、一五四便には別のグループが乗務することにつき了解を求めた(尾崎グループは、一五四便の乗務を了承し、同日午後二時一五分ごろには一五四便に塔乗していた。)。水田は、大阪支店の処置を了解し、安慶名に対し、「今、大阪から電話が入つて、いらなくなつた。」と伝えた。

(一〇)  被控訴人は、(七)の電話の後に他のアシスタントパーサーの了解を得て、同日午後二時二五分ころ、安慶名に電話し、「アシスタントパーサーの了解を得たので、一五四便に乗務する。」旨を伝えたが、安慶名から、一五四便は他のグループで運航したことが伝えられた。

(一一)  一五四便の運航は、尾崎チーフパーサーのグループが乗務し、同日午後二時三三分ごろ大阪空港を出発した。

2  次に、控訴人と客乗組合との間の勤務割変更についての交渉の経緯等について判断する。

証人奥野道夫の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第一五号証、証人安慶名孝功の証言によつて原本の存在とその真正成立が認められる甲第二一号証の一ないし四、証人伊藤泰史の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第二五号証、証人芝佳宏、同伊藤泰史、同兼子勲、同奥野道夫の各証言及び被控訴本人尋問の結果(原審、当審)によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  控訴人が一旦定めた勤務割を一方的に変更しうるか否かは、本件協定が成立した昭和五〇年当時は問題とされなかつたが、昭和五三、四年ころから客乗組合が勤務日当日における勤務割変更は協定上違法であるとの主張をしはじめ、組合員にその旨の教宣をするとともに、控訴人と交渉していた。しかし、控訴人は、協定上も会社が一方的になしうる旨主張し、客乗組合と意見が対立していた。

(二)  本件に至るまでも、控訴人から客室乗務員に対して、天候の変更、機材の故障等のため、勤務日当日においても、勤務割変更指示がされてきたが、乗務員が異議なくこれに応じ又は控訴人が乗務員の異議を入れて勤務割変更指示を撤回したりしたため(これらの折衝には客乗組合が介在したこともあつた。)、勤務割変更の根拠が明確にされたことはなかつた。

(三)  被控訴人は、同僚の客室乗務員が勤務日当日の前夜半に出勤時刻を早める勤務割変更指示を受け困つたとのことを聞き、昭和五四年一〇月下旬ごろ客乗組合事務室を訪ねて、組合の意見を聞いたところ、池田執行委員から、勤務日当日に会社が一方的に勤務割を変更することは組合として認めていないので、そのような場合には組合に相談してほしいと言われた。

(四)  控訴人の客室乗務員の勤務について、労働基準監督署は、昭和五五年ころ、控訴人に対し、客室乗務員について始業、終業時刻が就業規則上明らかでないとして改善を求めた。

3  右1、2の認定の事実に基づき本件各処分の適否について判断する。

本件各処分の内容は、前示一のとおりであり、被控訴人が正当の理由なく本件勤務割変更指示に従わず、就労を拒否したことを理由とするものである。

しかしながら、前示1の経緯によれば、被控訴人が大阪支店の航務課の課員及び水田に述べたことは、本件勤務割変更について客乗組合の了解を得ることを求め、組合の了解があれば従うというものであり、それに対する控訴人側の対応も、これを拒否することなく、同組合と折衝することとし、更に組合側の対案をも検討することとしていたのであつて、被控訴人としては、会社と客乗組合とが話し合い、その結果を伝えてくれることを待つていたに過ぎないのであり、被控訴人が結局一五四便に乗務しなかつたのは、尾崎グループが乗務を了承したことによるものであり、これをもつて就労拒否ないし乗務拒否とするのは相当ではない。もつとも、被控訴人が客乗組合の了解を得ることを求めたことは、本件のような急迫した事態の下ではいささか硬直した対応であるとの非難は免れないが、前示2の経緯に照らせば、被控訴人が本件につき客乗組合の了解を得るべきであると判断したことも、それなりに無理からぬところがあり、これをもつて、就労拒否ないし乗務拒否とはたやすく評価し得ないし、被控訴人の国内線パーサーとしての判断、指導、統率、規律、責任感等に不十分な面があるともいえない。

したがつて、本件各処分は、いずれもその前提を欠くもので違法無効であり、これらを前提とした請求原因4(一)ないし(三)記載の処分事実の公表行為等もまた違法な行為と評価するべきである。(同(四)記載の「デイリー・スケジユール」上の表示は、下位職代行を命じた場合の必然的な措置と言うべきであり、それ自体は違法な公表行為と目すべきではない。)。

そして、規程、本件協定、本件覚書等の内容、従来の勤務変更についての客乗組合の控訴人に対する対応、本件当日における被控訴人及び客乗組合の控訴人に対する対応、並びに本件各処分につき控訴人は被控訴人の異議申立てないし再審議申立てを退けていること等に照らすと、控訴人には右各違法行為をするについて少なくとも過失があつたというべきであるから、右各行為は被控訴人に対する不法行為を構成するものである。

四  損害について

右不法行為による損害についての判断は、原判決六六枚目表末行目の「結果」の次に「(原審、当審)」を加えるほかは、同二行目の「前記」から同六七枚目表二行目末尾までと同一であるから、これをここに引用する。

五  以上のとおり、被控訴人の本訴請求は、本件懲戒処分の無効確認並びに慰謝料金二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五五年四月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よつて、結局これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 時岡泰 筧康生)

(別紙)

控訴人の主張

第一控訴人会社の勤務変更命令権の法的根拠について

一 控訴人会社(以下単に会社という)は原審以来一貫して、前月二五日に客室乗務員に対し勤務表の交付による当月一か月の業務指示を与えた後においても、欠務者の発生とか、天候・航空機材の故障・空港施設の事情等により運航ダイヤの変更を余儀なくされる等の諸事情によつて必要が生じた場合には、客室乗務員に対して当初の勤務スケジユールを変更した乗務を指示する業務命令を発することができる旨を主張してきた。

原判決は「勤務時間の繰上げを当日になつて命じることは、勤務協定にこれを認める規定が存在するか、又はその旨の事実たる慣習が存在しない限り、許されないと解すべき」であるとした上で、「そのような規定や事実たる慣習は存在しない……から、被告会社には少なくとも当日になつてから勤務時間の繰上げを内容とする勤務の変更を命じる権限はないと解すべきである」との誤つた判断を行つたが、この誤つた判断は根本的には会社と客室乗務員との労働契約の内容並びに勤務協定の趣旨を的確に認識しないことから生じたものである。会社は客室乗務員との労働契約ならびにこれを踏まえた勤務協定にもとづき客室乗務員に対して勤務変更を指示しうる権限を有しているものである。勤務協定に、「会社は勤務変更を命ずることができる」旨の明文の規定がないまま勤務変更が行われることを前提とする諸規定が定められているのは、正に勤務変更が労働契約の内容となつているからであり、勤務協定に明文の規定が存在しなければ会社の命令権は認められないとする原判決の考えは本末顛倒というべきものである。

以下その要点を整理して簡潔に述べる。

二 結論から先にいえば、会社が客室乗務員に対し会社の業務命令として勤務変更を指示することができるとする法的根拠は、会社と客室乗務員との労働契約内容にある。そして会社が原審以来指摘してきた勤務変更を前提とする勤務協定(付属覚書を含む)の諸条項および事実たる慣習の主張は、会社と客室乗務員との労働契約内容を、会社に勤務変更命令権を認めたものと解すべき裏付けとして主張してきた趣旨にほかならない。

すなわち、会社が勤務変更を予定しあるいは当然の前提としている勤務協定中の諸規定として指摘した覚書―26、協定5―8―1(1)、6―2―2、5―5、6―2―5、6―4等は、これらの規定が定める場合にこれらの規定に基づき会社が勤務変更を命じうるものとして主張したのでは決してない。それはこれらの規定の内容からも容易に理解されよう。これらの諸規定は、乗員交替の措置(当然に勤務変更を伴う)を採るべき場合であるがその措置を採ることができないときに、欠員のまま乗務を命じうる(覚書I26)、宿泊予定地において休養時間が一二時間未満でも勤務を命じうる(協定5―8―1(1))、勤務の継続を命じうる(同5―5)とか、乗員交替・勤務終了時刻の延伸・勤務割変更による休日日数の減等が生じた場合の取扱い等を定めるものにすぎない。

しかし会社がこれらの諸規定の存在を指摘したのは、「勤務変更を命ずることができる」ことを明文で定めずにこれを当然の前提として、勤務変更を命ずべきでありながらそれができなかつた場合の取扱いとか、勤務変更が行われた事後の勤務の取扱いを定めているその規定の仕方にこそ、指摘する理由が存したのである。これを更に敷衍すれば、勤務協定にはどういう場合にどのような手続をもつて勤務変更を命ずる旨の明文の規定が一切置かれないまま、勤務変更を必要とする事態が日常非常に多く発生する実情を踏まえて、会社の義務として乗員交替の措置を講ずべき場合の一部を定めたり、更には乗員交替の措置を講ずべき場合であることを当然の前提としながらその措置が講ぜられない場合の取扱いについてのみ定めたりしているのは、乗員交替ないし勤務変更が行われることを当然のこととしながらも、その必要が生ずる事情とか態様を列挙することは著しく困難でありまた妥当でないからであるが、その根底に、会社と客室乗務員との労働契約内容として、必要ある場合会社が勤務変更を命じうることが合意認識されているからにほかならない。

三 労働者は使用者の指揮命令に従つて労働する業務を負うものであるという労働契約の本質からして、労働契約を締結したことにより、そこに格別の明示的合意がなくても使用者は労働者に対する労務指揮権を取得し、労働者は使用者のそのときどきの指揮命令に従つて労務に服する業務を負う。これが労働契約の内容であり、労務指揮権を行使して個別具体的な労働内容を指示することは労働給付義務の内容を具体化しその履行をはかるための行為にすぎないから、労働契約の内容となるものではない。したがつて、一旦発した指示内容を後に変更することが労働契約上何らの問題となりえないものであることはいうまでもない。

そうはいつても、使用者が有する労務指揮権の内容は無限定のもので、如何なる内容、態様の指示もできる、というものではない。これを枠付するのが個別労働契約の内容である。例えば労働契約において勤務場所が特定されていれば、それ以外の場所において労務に服することを労務指揮権の行使として命ずることはできないし、職種が特定されていればそれ以外の種類の業務に従事することを命ずることは許されないことになる。また、そのような勤務場所とか職種が限定されていない場合でも、労働条件の一内容として労働日、労働時間、始・終業時刻が特定されていれば、原則としてその所定の枠の中における労働について労務指揮権が行使されるのである。

したがつて、使用者が労働者に対しどのような範囲の事項について労務指揮権の行使として指示命令できるのかということは、当該労働契約の内容如何によつて決まるということができるが、労働契約にこれが明示されることは通常ないことであるから、諸々の事情を総合して合理的な意思解釈を行い決定しなければならない。その場合、就業規則や労働協約等の定めはもとよりであるが、予定されている業務の特性や職場の実情も十分斟酌されるべきであろう。

四 本件で問題となつている勤務変更の指示とは当初予定されていた勤務スケジユールを変更して異なる勤務に就くよう命ずる指示である。すなわち、その本質はあくまで勤務内容に関する当初の指示を変更するというところにあり、勤務時間の変更にあるのではない。勤務内容の指示が勤務・乗務時間の指定につながるという客室乗務員の勤務の特殊性から、勤務内容の変更が勤務時間の変更をもたらすことは事実であるが、勤務時間の変更は勤務内容の変更のいわば反射的結果というべきものである。勤務変更の指示を勤務内容変更の指示と勤務時間変更の指示という二つの指示であると解すべきではない。これは的確に認識される必要がある。

そして、勤務内容の変更そのものに限つていえば、前述した労働契約の本質からして会社が変更命令権を保有することは全く議論の余地がないのであるから、問題はそのような勤務内容の変更が勤務時間の変更につながる場合に、その変更の指示は労務指揮権の行使として認められる範囲を超えるものといわざるをえないのかどうかということになろう。それは正に会社と客室乗務員との労働契約内容の解釈の問題である。勤務時間を変更する指示権を認めることになるといつても、被控訴人が批難するように労働時間・時期の自由な決定・変更の権限をいわば白地的に会社に付託することになるものではなく、勤務内容の特定、したがつて勤務時間の特定は一か月ごとに前月二五日に交付される勤務割表によつて行われるという制度のもと、勤務協定が定める勤務時間・乗務時間の制限その他の枠内でのみ認められることであるから、会社に勤務内容の変更、したがつて勤務時間の変更を指示する権限を認めることは適法に合意しうる性質のものである。決して「奴隷労働の契約にも類するものであつて、公序良俗に反し無効と解されるべき」ものではない。このことはスタンド・バイ制度を想起すれば容易に理解されよう。

ところで会社と客室乗務員との労働契約は、航空機による旅客輸送に必要な機内業務(客室内の各種サービス業務、保安業務およびその付帯業務)に従事することを目的として締結されているのであつて、定期航空運送事業の高い公共性に関する認識はもとより、業務の特殊性も当然の前提となつている。事業の高い公共性については今更述べるまでもないところであるが、定期航空運送業務の特殊性とは、これを客室乗務員の服務の中心となる乗務について見れば、業務内容が運航ダイヤで内容と時間が特定されている運航便単位にとらえられる(現実には幾つかの便の組合せによる乗務パターンを指示される)結果、勤務内容の指示が勤務時間の特定につながると同時に業務の途中から参入したり途中で打切るというような服務を分割することはできない性質のものであること、原則として所定の人員を欠いたまま運航することは許されないから、年休の取得とか私傷病等による欠務者を生じたときは運航を維持するため他の乗務員を起用して欠員を補充しなければならないこと、天候・航空機材の支障・空港施設の事情等によりしばしば運航ダイヤの変更を余儀なくされること、等が挙げられる。

労働者が使用者の指揮命令に従つて労務に服し、そうすることによつて業務の円滑な遂行をはかるという労働契約の本質を踏まえるならば、前述のような特殊性を有する業務に従事することを予定した会社と客室乗務員との労働契約においては、会社がその労務指揮権の行使として、勤務内容の指示にとどまらず勤務・乗務時間を指定しうることを認め、また欠員の補充・運航ダイヤの変更等に対処するため業務上必要なときは一旦発した勤務内容の指示ならびに勤務時間の指定を変更して客室乗務員に勤務を指示しうることを認め、会社から指示されたときは客室乗務員はこれに従うべき義務を負うものであることが労働契約内容として合意されている、と解するのが合理的意思解釈というべきである。勤務協定(付帯覚書を含む)の諸条項および職場の実情(慣習)は会社と客室乗務員との労働契約が上述のように解されるべきことを裏付けている。

第二会社の勤務変更命令権と勤務協定の諸条項等について

一 総説――覚書II4について――

以上に述べたところから明らかなごとく、会社が客室乗務員に対し勤務変更を命じる権限を有するか否かについての判断は、勤務協定ないし就業規則に変更命令権を認める根拠規定が存するか若しくはこれを認める労使慣行が存するかという観点からではなく、勤務変更を禁止する規定ないし労使慣行が存するか否かという観点から検討されるべきものである。しかして、会社には、勤務変更を禁止する規定ないし労使慣行は存在せず、却つて勤務協定には勤務変更を予定した規定こそが存しているのである。

1 原判決は、この点に関して、勤務協定覚書II4を問題としている。覚書II4は、「天災、治安上の理由による交通遮断及びその他の理由で客室乗務員の乗務のための出頭が阻害される事態が予測される場合、会社は下記の手続きをとることにより協定本文5―10―1(1)に定める時刻以前に客室乗務員を出頭せしめることができる。」と定めているが、原判決は、この定めについて、「勤務協定覚書II4は、天災や治安上の理由による交通遮断等の理由で客室乗務員の乗務のための出頭が阻害されることが予想される場合においても、客室乗務員をシヨウアツプタイム以前に出頭させるには、原則として被告会社が客乗組合に通告して理由を説明しなければならない旨規定していることが認められ、このように被告会社の責めに帰すべからざる事由によつてその必要性が生じた場合でさえ、シヨウアツプタイム以前に出頭を命じることに右のような制約を定めていることからすると、勤務変更の関係でも、少なくともこのような予定時刻以前の出頭を伴う形での勤務変更については、勤務協定を厳格に解釈するのが相当である」とし、この認定を踏まえて、「勤務協定覚書中には、原則として被告会社に出頭時刻の繰り上げを命じる権限がないことを窺わせる規定も存在している」との判断を示している。しかしながら、右は原判決の曲解に基づくものであり、覚書II4の定めをもつて勤務変更を禁止ないし制限する趣旨ととらえようとすることは全くの誤りである。

覚書II4は、その文言上からも明らかなとおり何ら勤務変更に関連するものではない。勤務の内容は何ら変更されず予定どおりのものであるが、特別の事情が生じたため、その勤務について勤務協定上求められている時刻よりも早い時刻に出頭させなければならない場合の定めである。この出頭とは「乗務のため各自が客室乗務員室またはこれに代わる場所に出勤」することであり(協定1―2―2)、協定5―10―1では、客室乗務員の乗務のための出頭時刻(シヨウアツプタイム)が航空機出発予定時刻を基準として定められている(国内線にあつては基地のB747機の場合が一時間三〇分前、その余は一時間前)。したがつて覚書II4は、例えば所定の時刻に出頭するため交通渋滞その他が原因で通常よりも早く自宅とか宿泊場所を出発しなければならないというような場合のことではなく、出頭そのものを所定のシヨウアツプタイム以前に命じるものである(その故に覚書II4(4)本文は「勤務時間は出頭を命ぜられた時刻より始まるものとする」と定めている。)から、明らかに協定5―10―1に抵触する指示になるのである。このように、協定本文に抵触する内容の指示を発する場合の定めである覚書II4が、何ら協定違反の問題を生じない勤務変更の指示と全く次元を異にするものであることは明白である。

しかも、覚書II4では、(2)本文において「会社は出頭した客室乗務員が休養施設で休養できるよう手配しなければならない」と定める一方、(3)において「出頭を命ぜられた当該日は勤務日とし、国際線の場合には離日日数に加算する。なお、当該日が休日の場合には6―1―1、6―2―3に定める休日に連続して代りの休日を与えなければならない」と定めているところからもうかがえるように、覚書II4の定めは、暦日単位での早出を想定しているものであることにも留意すべきである。

原判決は、右の覚書II4を、「原則として被告会社に出頭時刻の繰り上げを命じる権限がないことを窺わせる規定」としているのであるが、覚書II4においては、「会社は事前に組合に通告し、理由を説明する。ただし、休日、組合の執務時間外等の理由で連絡ができない場合は事後速やかに状況を説明する。」とあつて、会社の通告ないし説明の義務が定められているにすぎず、組合や当該客室乗務員の同意を要する旨が定められているわけではないのであるから、これをもつて会社に出頭時刻の繰り上げを命じる権限がないと解する余地は全くない。むしろ逆に、右覚書II4においては、会社において一方的にこれを命ずる権限があることが明定されていると解すべきものである。

2 被控訴人は、「所定勤務開始時刻を繰り上げる点では本件業務指示と共通性のものである」として、覚書II4のような規定を欠く勤務変更の場合には、会社の命令権限について否定的に解すべきである旨主張する。

しかしながら、覚書II4は、前述の如く、勤務協定の本則の定め(5―10―1)に抵触する取扱をするものである(注)から、会社の権限を明定しておく必要があるのに対して、勤務変更は、勤務協定に、これを禁ずる規定がないばかりか、勤務変更を予定ないし前提とした規定が種々存在するのであるから、あえて会社にその権限があることを勤務協定上明記する必要はないのである。

被控訴人の主張は、右の点を混同するものであつて、その失当たることは明白である。

(注) 覚書II4の規定による出頭命令は、出頭の日を前日に繰り上げるような大幅なものを予想しているものである。この点は、日本航空客室乗務員組合の作成に係る「客室乗務員の勤務協定」解説書(乙第二六号証)において、覚書IIに触れ、

「大雪又は大規模なデモ等が予測され通常の出頭時刻通りで運用すると客室乗務員の出頭不可能、あるいは大巾な遅刻等が発生し当日の運行に大きな支障をきたす場合には会社が定められた手続きをとることにより前日の出頭を命じることができます。」と述べられているところからも明らかである。

このように勤務協定の本則の定めに抵触する大幅な出頭時刻の繰り上げと、本件で問題とされている勤務協定の本則の定めの範囲内での調整的な勤務開始時刻の繰り上げとでは、問題の性質を全く異にし、これを同日に談じえないことが明らかである。

被控訴人は、さらに覚書II4について、「天災・治安上の理由等、労基法三三条一項のようなケースであつても、勤務協定は一定の制約を加えている」としているが、覚書II4所定の場合において、会社の権限には何らの制約も加えられていない。当該客室乗務員の同意も組合の承諾も必要でなく、会社の側から全く一方的に出頭を命じうるものとされているのである。

このように、勤務協定に抵触する命令を発するについても、会社の権限に何らの制約も加えられていない以上、勤務協定に抵触するところのない勤務変更について、会社の権限の行使に制約が課せられるべき理由のないことは明白である。

以上により、覚書II4を手がかりとして、勤務変更に関する勤務協定の解釈の基準を求める被控訴人の主張には、何らの合理性もないことを理解しえよう。

二 勤務協定の諸条項について

右にみた如く、会社の勤務変更を禁止ないし制限する定めはないし、頻繁に勤務変更の必要が生じ現になされている実態からして、これを禁止ないし制限する労使慣行も存しないことは明らかというべきである。しかも、勤務協定には、勤務変更を予定して定められている規定が多数存在する。その規定の例は、会社が原審でも指摘してきた勤務協定覚書I26、勤務協定5―8―1(1)、6―2―2、5―5、6―2―5、6―4等である。

しかるに原判決は、これらの諸規定が乗務員の交代その他勤務変更を前提としたり予定した措置を定めているものであることを認めながら、そのいずれもが明文で会社が一方的に勤務変更を命じる旨を定めていないこと、乗務員の交代その他勤務変更の具体的方法を明らかにしていないこと等を理由に、会社の変更指示権を根拠づける規定とは解されない、とする。しかしこのような原判決の判断は全くの誤りであり、到底承認することはできない。

そもそも原判決は、誤つた視点からこれらの諸規定の解釈を行おうとしたといわなければならないのであつて、前述したところからも容易に理解しうるとおり、これらの諸規定が会社の勤務変更を禁止ないし制限するものではなくむしろ勤務変更を前提ないし予定している規定であることが明らかである以上は、仮に原判決が指摘するような、会社が一方的に勤務変更を命じうる旨の明文の定めがないとか具体的方法等が定められていないとしても、十分会社の変更命令権を容認する根拠たりうるものといわなければならない。いわんやこれらの諸規定は、その文理解釈上からしても会社の変更命令権を肯定しているものということができるのであるから、原判決の判断が誤りであることは尚一層明白である。

以下においては、これらの諸規定の内容、趣旨と、原判決の判断の誤りを順次述べることにする。

1 勤務協定覚書I26について

(一) 原判決は、覚書I26について、「欠員が生じた場合には、まずもつて、乗務員交替による補充の措置が講じられるべきことは当然その前提となつてはいるが、それ以上に、その乗務員交替の措置の具体的方法まで明らかにしたものではなく、被告会社が予定外の者に対して一方的に勤務変更を指示し、欠員補充を命じ得るか否かについては、この規定からは判断できない。」としている。

右の判示によつて明らかな如く、原判決が右の如く判断したのは、「乗務員交替の措置の具体的方法」が明らかにされていないからという理由による。

原判決が、ここで「乗務員交替の措置の具体的方法」なるものを問題にしているのは、覚書II4においては、同項所定の措置を講ずる場合、会社は、「事前に組合に通告し、理由を説明する。」とされているので、原判決は、これを「乗務員交替の措置の具体的方法」と解し、覚書I26の場合には、かかる規定を欠いていると考えたものであろう。

しかしながら、右の組合に対する通告・説明は、前述の如くその場合に採られる措置が協定本文5―10―1(1)に反するものであるところからなされるものにすぎない。したがつて、これを「乗務員交替の措置の具体的方法」とみるのは、当該通告・説明の右の如き趣旨に鑑みて相当でない。

のみならず、覚書II4に定められているのは、組合に対する通告・説明にすぎない。当該客室乗務員に対するものとしては、その場合にとられる措置の具体的方法などどこにも定められてはいないのである。すなわち、その方法としては、会社の客室乗務員に対する通常の業務指示の方法によればよく、そのことは覚書上自明のこととされているものとみることができる。

このことは、覚書I26の場合についても、全く同様に考えられるところであるから、そこに「乗務員交替の措置の具体的方法」が定められていないことを理由として、会社が予定外の者に対して一方的に勤務変更を指示し、又は欠員補充を命じうる権限を有することに疑問をさしはさもうとするのは間違つている。

そもそも、覚書I26にいう「乗務を予定された乗務員のうち、不測の事態により乗務が不可能とな」つた者がある場合、会社が乗務員交替の措置を講ずべきはいうまでもないところである。しかして、そのような措置は、会社が予定外の者に対し勤務変更を指示し、又は欠員補充を命じうる権限を有することによつてのみ円滑に行いうるものであることも疑いを入れないところである。定期航空運送事業を営む会社がかかる権限を有することは、事業の性質上当然のものと考えられなければならない。

現に、覚書I26において、「欠員のまま乗務を命ずる」とある、すなわち欠員のまま航空機の運航を行うものとしているのは、定期運航を確保しようとする趣旨にほかならず、このような定めがなされていること自体、労使双方とも、定期運航確保の重要性を認識していることを示すものである。それにもかかわらず、定期運航確保のために必要な勤務変更指示の権限を、会社について否定するような解釈を、この規定から導こうとするのは、見当違いも甚だしいといわなければならない。

(二) 覚書I26の規定は、「乗務を予定された乗務員のうち、不測の事態により乗務が不可能となり、かつその乗務員交替の措置が講ぜられない場合、東京においては客室乗員部長、出先においては空港支店長、空港支店長のいない地域においては機長は、その都度状況をよく検討し、欠員のまま乗務を命ずることがある。」という規定である。

右の規定に明らかな如く、この場合、会社(具体的には、東京では会社の客室乗員部長、出先では、空港支店長、その地域に空港支店長がいなければ機長)は、客室乗務員に対して、欠員のまま乗務を命ずることができるのである。

乗員編成については、会社と組合で構成する編成専門委員会により協議し、会社が同委員会の答申を尊重してその処置を決定するものとされているのであるが(勤務協定9―2)、このようにして決定された編成定員を欠く状態においてすら、会社が乗務を命ずる取扱が定められていることに照らして考えれば、会社がその欠員をうめるためにとるべき乗務員の交替について、勤務変更の命令権を有するものと解すべきことは、極めて自然である。

換言すれば、覚書I26の規定は、会社が勤務変更の命令権を有し、その命令権に基づいて乗務員交替の措置を講ずることを当然の前提とし、そのような命令権の行使によつてもなおかつ乗務員交替の措置を講じえない場合の特例として、欠員のままの乗務を命ずることを許容したものと解されるのである。欠員乗務という変則的な運航が、勤務変更についての乗務員の同意の許与又は拒否というが如き不安定な要素に係り、同意の拒否によつて安易に発生するということであつては、編成定員を定めた趣旨も没却されることになる。そのような前提で覚書I26が設けられているものでないことは、欠員乗務の変則性を考えれば容易に理解しうるはずである。

被控訴人は、「原判決が『乗務員交替の措置の具体的方法まで明らかにしたものではない』というのは、少なくとも乗務員交替の措置を会社の一方的勤務変更の命令によつて行うことを右条項は定めていないことを指摘したものである。」と主張している。

しかしながら、覚書II4による出頭命令についても、また覚書I26による乗務命令についても、当該乗務員に対する関係において、命令の伝達や実施に関する何らの具体的方法も定められていない点は同様である。それゆえ、当該措置に関する具体的方法が定められていないことをもつて、会社に当該措置を命ずる権限がないとする根拠となしえないことは明白である。

しかして、覚書I26についてみれば、乗務員交替の措置につき、会社に命令権があると解しなければならないこと前述のとおりであるから、覚書I26に関する原判決の判断が失当であることは疑いのないところである。

2 勤務協定5―8―1(1)について

(一) 原判決は、同項中「(b)不測の事態により乗員交替の措置が講じられない場合」につき、これを「(b)は、航空機の遅延以外の理由(例えば、空港と休養施設との間の自動車が道路渋滞のため遅延し、そのため休養時間の開始が遅れた場合)により、乗務員を当初予定の乗務に就かせたならば休養時間が一二時間を割る場合において、本来ならば乗務員交替の措置を講じるべきであるが、それができないとき」の意に解している。

しかしながら、右の解釈は誤りである。何故なら、「休養時間」開始の時刻は、勤務協定上一定されていて、空港と休養施設との間の道路渋滞による自動車の遅延により、その開始が遅れることはないからである。

原判決は、勤務協定1―7のみによつて、「休養時間」を文字どおり「(客室乗務員が)休養施設に到着したときから次の業務につくため同施設を出発するまでの時間」と解したものの如くである。しかしながら、勤務協定1―7の「なお書」に基づき同協定5において定められているところをみると、「航空機のブロツクインより飛行終了時までの時間」は、通関を要する場合三〇分、通関を要しない場合二〇分(東京では、それぞれ一時間、三〇分)とされ(同協定5―10―1(3))、かつ「地上輸送時間(空港と休養施設間の地上輸送時間)」は、片道三〇分(東京では一時間)とされている(同協定5―10―1(2))ため、これにより休養時間の開始時刻は自動的に定まることになる。したがつて、空港と休養施設間における自動車の遅延は、休養時間の開始を遅らせる理由となりえないのである。

なお、勤務協定5―10―1(2)の「なお書」に、「双方確認しうる特別な状態にあつては別途これを定める。」とあるのは、特定の空港と休養施設との間の地上輸送に関して、その輸送時間を片道三〇分とみなすのが相当でない特別な状態が認められる場合に、予め片道所要時間として一定の時間を定める取り決めをする趣旨であつて、個々の輸送につき地上輸送時間を個別に認定する趣旨を含むものではない。

しかして、勤務協定5―8―1(1)(a)(b)については、これを次のように解すべきものである。同協定5―8―1(1)の規定は、基地及び乗員宿泊予定地における休養時間を定めるものであるが、そのうち乗員宿泊予定地に関しては、同項「なお書」において、(a)又は(b)に定める事由がある場合、所定の休養時間を満たさなくても、乗務員に勤務を命ずることができる旨を定めたものである。

(a)の場合の事由は、「航空機の遅延の発生」であるが、この場合には、会社は乗務員交替の措置を講じることなく、当該遅延を生じた航空機の乗務員に、スケジユールどおりの乗務を命ずることができるものとされているわけである。航空機の遅延の如き事由は、航空運送業務の上で日常の茶飯事であるから、この場合には、たとえ所定の休養時間の休養を得られない乗務員を生じても、その者のために乗務員交替の措置を講じなくてもよいとするところに、この(a)の規定の意義がある。この点については、原判決の認定に誤りはない。

次に、(b)の場合の事由は、「不測の事態により乗(務)員交替の措置が講じられない」ことであるが、これをより正確に表現するならば、「不測の事態の発生により乗(務)員交替の措置を講ずべきであるにもかかわらずその措置が講じられない場合」ということになる。

なお、右の規定にいう「乗(務)員交替の措置が講じられない場合」との表現は、勤務協定5―5「ただし書」にもみられるところであつて、その趣旨は同義であり、その解釈基準は、同協定5―5につき客乗組合によつても示されているところである(乙第一六号証(解基)8、<2>~<8>)。

ところで、不測の事態の発生により乗務員の交替の措置を講ずべき場合とは、不測の事態の発生によりスケジユールが繰り上がる場合である。

スケジユールの繰り上げにより、休養時間が勤務協定所定の一二時間に満たないこととなるのを避けるため、会社はまず、乗務員交替の措置を講じなければならない。しかしながら、交替資格を有する乗務員が他にいない場合、交替資格を有する乗務員がいても連絡がつかない場合等(乙第一六号証(解基)8、<2>~<8>参照)には、「乗(務)員交替の措置が講じられない」ことになる。そこで、その場合には、所定の休養時間を満たさない者に対しても、乗務を命ずることができるというのが、勤務協定5―8―1(1)(b)の趣旨にほかならないのである。

しかして、右の不測の事態を生じた場合に問題となる「交替資格を有する乗務員」、乙第一六号証の解釈基準によれば、

(a) この協定に定められた休養時間をとつたもの

(b) この協定に定められた勤務、乗務時間制限を超えないもの

(c) STAND BYの乗務員

とされている(同号証(解基)8、<4>)。

したがつて、勤務協定に定められた休養時間をとり、かつ同協定に定められた勤務・乗務制限時間を超えない者は、STAND BY乗務員の有無にかかわらず、「交替資格を有する乗務員」であり、会社から指示を受ければ、乗務を拒むことはできないことが明らかである。

なお、もし右の如き乗務員において乗務を拒むときは、会社は、勤務協定所定の休養時間を満たさない乗務員に乗務を命ずることになり、明らかに乗務員の取扱いにおいて均衡を失する結果となるが、そのような不均衡な取扱いを勤務協定が定めるはずはないことも考慮されるべきである。

このようにみてくれば、勤務協定5―8―1(1)(b)の規定は、会社が、同協定所定の休養時間をとり、かつ同協定所定の勤務・乗務時間制限を超えない乗務員に対して、スケジユールの繰り上げに伴う乗務員交替の措置を講じうる(すなわち勤務変更を指示しうる)こと、及びもし交替資格を有する乗務員がいない場合には、同協定所定の休養時間を満たさない乗務員に対しても、乗務を命じうる(この場合も、勤務変更の指示となる)ことを定めたものであると理解することができるのである。

なお、同協定5―8―1(1)の「なお書」における「勤務することができる。」とある表現をとらえて、これを「乗務員の意思により、勤務することもできるが、勤務しなくてもよい」との趣旨に解しようとするのは、ナンセンスである。

けだし、同協定は、その4において、月間及び年間の乗務時間の制限を定め、またその5において連続する勤務における勤務時間、乗務時間及び休養時間の制限を定めつつ、いくつかの例外を設けているのであるが、同協定5―8―1(1)の「なお書」は、休養時間の制限に関する例外を定めたものであるゆえ、会社としては、その例外に該当する場合、休養時間の制限に関する協定の制約を受けずに自由に勤務変更指示をなしうることになるからである。

したがつて、勤務協定5―8―1(1)の「なお書」における「勤務することができる。」とは、会社に対して休養時間の制限を解除する主旨を表わしたものにほかならず、それによつて会社の自由な勤務変更命令権の行使が可能になるものと理解しなければならないのである。右の勤務協定の規定に対応する客室乗務員就業規程(乙第六号証)第一一条第一項の規定では、「なお次の場合は乗務員宿泊予定地において休養時間が一二時間未満であつても勤務させることがある。」と規定されていて、会社の命令権が明確にされていることを附言しておく。

なお、原判決は、右(b)の場合についても「乗務員交替の具体的方法」が明らかにされていないことを問題にする如くであるが、そのような方法を規定する必要はないこと、及びそのような方法が規定されていないからといつて会社の勤務変更命令権に疑問をさしはさむべき余地がないことは、さきに指摘したとおりである。

(二) 被控訴人は、勤務協定5―8―1(1)(b)項につき、同項は、宿泊地への到着便の遅延以外の事由によつて一二時間の休養がとれなかつた場合で、本来交替要員をあてる、即ち乗務員交替の措置を講ずべきところ、それが不測の事態によつてできない場合であると解し、原判決と同様の見解を主張している。

しかしながら、そのように解するときは、その具体的な場合として、原判決が掲げる「空港と休養施設との間の自動車が道路渋滞のため遅延し、そのため休養時間の開始が遅れた場合」の如き場合が考えられるわけであるが、もし、右(b)項がそのような場合の規定であるとすると、(a)項と比べて甚だ不自然な規定であることになる。なぜなら、(a)項の航空機遅延の場合には、乗務員の勤務時間がそれだけ延びているにもかかわらず、「乗員交替の措置」を講じる必要がないのに対して、片道最大三〇分(東京でのみ一時間)しか予定されていない地上輸送の自動車が道路渋滞のために遅延した場合には、乗務員の勤務時間が延びているわけでもないのに、乗員交替の措置を講じなければならないという珍奇な結果となるからである。

被控訴人及び原判決のような解釈をとる余地がないことは、右の点からしても極めて明白であるといわなければならない。

被控訴人は、休養時間につき、「実際に休養もとれていないのに、三〇分たてば自動的に休養時間がはじまつているなどという定めは本来考えられない。」と主張しているが、もしその考え方を貫くとすれば、三〇分ないし一時間経過しないうちに休養施設に到着した場合には、その時点から休養時間を起算するという取扱にならざるをえまい。

しかしながら、毎日多数の航空便の運航に従事する多数の乗務員について、いちいち休養施設への実際の到着時刻を把握し、それに基づいて休養時間を計算するなどということは、煩瑣で、到底実行できることではない。

そのため、勤務協定1―7においては、「なお書」を設け、同協定5及び6の定めに従つて一律の計算ができるようにしているわけである。この点は、客乗組合自身も、これを認めているところである(乙第三四号証二二頁下から一二行から末行)。もとより実務上も、前述のとおりの取扱が行われている。

被控訴人の主張は、勤務協定1―7の「なお書」を看過ないし無視する点において、原判決と同じ誤りを犯すものといわなければならない。

右(b)項は、控訴人がさきに述べたとおり、「不測の事態の発生により乗(務)員交替の措置を講ずべきであるにもかかわらずその措置が講じられない場合」と解すべきものなのである。

しかして、そのような不測の事態としては、さきに述べた如く、台風の接近その他により航空機の出発時刻が繰り上げられ、そのために勤務開始時刻が繰り上げられ、そのために勤務開始時刻が繰り上がる場合が考えられる。

もつとも、原判決の認定又は被控訴人の主張する如き場合(もしそのような場合が、この場合に含まれると仮定しての話であるが)をここで想定してみても、「交替資格を有する乗務員」が会社の命令に従つて、乗務につくべき義務を負うものであることには、変りがない。

すなわち、さきに指摘した如く、「交替資格を有する乗務員」とは、乙第一六号証の解釈基準によれば、

(a) この協定に定められた休養時間をとつたもの

(b) この協定に定められた勤務、乗務時間制限を超えないもの

(c) STAND BYの乗務員

とされている(同号証(解基)8、<4>)のであるが、勤務協定に定められた休養時間をとり、かつ同協定に定められた勤務・乗務制限時間を超えない者は、STAND BY乗務員の有無にかかわらず、「交替資格を有する乗務員」であり、会社から指示を受ければ、乗務を拒むことはできないのである。

なぜなら、もし右の如き交替資格のある乗務員において乗務を拒むときは、会社は、勤務協定所定の休養時間を満たさない乗務員に乗務を命ずることになり、明らかに乗務員の取扱いにおいて均衡を失する結果となるが、そのような不均衡な取扱いを勤務協定が前提としているはずはないからである。

すなわち、勤務協定5―8―1(1)において、所定の休養時間を満たさない乗務員に対してすら会社が乗務を命じうるものとされていることからすれば、所定の休養時間をとつて交替資格を有している乗務員に対しては、より強い理由で、会社が勤務変更による乗務を命じうるものと解さなければならないのである。

しかして、その場合の勤務変更は、前記(b)の場合として如何なる場合を想定するかにかかわらず、当該乗務員にとつては、すべて勤務開始時刻の繰り上げを伴うものであることを指摘しておく。

3 勤務協定6―2―2について

(一) 原判決は、「この規定では、その文言によると、まず、天候、航空機故障等の理由により、ある便に当初予定されていなかつた者が当初の者と交替して乗務することと、これによりその便に乗務しなくなつた当初予定の者が他便への代替乗務に就くことという二つの勤務変更が想定されているが、前者については、予定外の者といかなる根拠及び手続によつて交替するのかは明らかでない。」として、会社の乗務変更命令権を認めるのに消極的である。

しかしながら、まず、原判決が、「予定外の者といかなる根拠によつて交替するのか明らかでない」としている点については、定期航空運送業務に関する原判決の無理解を指摘しなければならない。

天候、航空機故障等不測の事態が生じた場合には、所定のスケジユールどおりには運航ができなくなるが、そのような場合でも、機材及び人員をやりくりして、できるだけ当初のスケジユールに近い形で運航を維持するのが、定期航空運送業務を行う会社の責務であり、そのために必要な勤務変更命令権は、当然に会社について認められなければならないところである。これについて、さらに何らかの根拠が必要であるとは到底考えられない。

次に原判決が、「予定外の者といかなる手続によつて交替するのか明らかでない」とする点であるが、右に「手続」というのは、前述の「乗務員交替の措置の具体的方法」と同義であると解されるところ、そのような手続をことさら規定する必要もなく、またその規定を欠くことから会社の勤務変更命令権を否定すべき理由もないこと、さきに繰り返し指摘したとおりである。

(二) 勤務協定6―2―2柱書に規定する「乗務員の交替」について、原判決は、「予定外の者といかなる根拠及び手続によつて交替するのかは明らかでない。」としている。

ことさらその根拠及び手続を問う必要のないことはさきに指摘したとおりであるが、根拠及び手続をあえて求めるというのであれば、右6―2―2の規定自体をそれとして考えることができる。

すなわち、天候、航空機故障等の理由によりフライトの取消しがあつた場合、当該便に予定されていた乗務員については、他の便への乗務を命ずる措置が講じられることになる。

そのような「他便への代替乗務」については、会社にこれを命ずる権限があること、勤務協定6―2―2の解釈として原判決も認定しているところであるが、右規定に対応する客室乗務員就業規程(乙第六号証)第八条第二項第二号では、「他便への代替乗務につかせることがある。」と規定されて、その点が明確にされている。

勤務協定6―2―2柱書に規定する「乗務員の交替」は、右に述べたものに限られるものではないが、少なくも右規定自体を根拠とする乗務員の交替が行われうることには、容易に想定しうるところであり、原判決の前記認定は失当である。

原判決は、右の代替乗務について、「それは、勤務時間開始後に発生した事由に基づき、右のような不乗務を前提条件として、勤務時間開始後に命じ得るものであることに注意を要する。」としている。

原判決が「勤務時間開始後に命じ得るものである」とする点は、一つには、会社が一方的に休養時間を短縮しうるかの問題に、二つには休養時間中の乗務指示が効力を生ずるかの問題に関連すると思われるので、項を改めて後に述べる。

4 勤務協定5―5、6―2―5及び6―4について

原判決は、これらの規定について、「これらは、いずれも客室乗務員の勤務条件についての規定であつて、勤務条件維持などのために勤務の変更をすることを前提としたものであることが認められるが、勤務変更の具体的方法については規定しておらず、被告会社がこれを一方的に命じ得ることを前提としているか否かについては明らかでない。」とし、また「勤務変更の具体的方法」について規定されていないことを根拠にして、会社の勤務変更命令権に消極的な判断を下している。

しかしながら、「勤務変更の具体的方法」の規定の必要がないこと、及びその規定がないことから会社の勤務変更命令権を否定しうるものでないことは、すでに再三繰り返し指摘したとおりである。

なお、原判決は、勤務協定5―5について、客乗組合が作成した右条項の解釈運用基準中に、「乗務員交替の措置が講じられない場合の一例として交替資格を有する乗務員がいない場合が挙げられ、かつ、交替資格を有する乗務員の一例として勤務協定に定められた休養時間を取り終つた者が挙げられていることが認められる」としながら、「被告会社がこのような交替資格を有する者に一方的に交替を命じ得るか否かについては何らの記載もない」としている。

しかしながら、乙第一六号証によれば、右の解釈運用基準において、「交替資格を有する乗務員がいても連絡のつかない場合には交替資格を有する乗務員がいない場合とみなす。」旨の規定(解基8、(5―5)<6>)はあるけれども、交替資格を有する乗務員がいて、その者が乗務を拒否した場合を、交替資格を有する乗務員がいない場合とみなす規定は存在しない。

このことは、客乗組合自体、勤務協定5―5による乗務員の交替の措置が講じられる場合に、交替資格を有する乗務員が、会社から連絡があればその指示に従い乗務に従事することを当然のこととし、会社の指示を乗務員が拒否するが如きことは全く予想していなかつたことを端的に物語つているものであり、会社の勤務変更命令権の存在は、組合によつても明瞭に承認されていたことが、これによつて明らかであるといわなければならないのである。

三 休養時間中の勤務変更指示について

原判決は、会社の勤務変更命令権を否定する根拠の一つとして、勤務変更指示が、本件の場合に見られるように、休養時間中になされる場合、乗務員には休養時間中に常に会社と連絡をとれるような措置を講じておく義務はないから、会社として乗務員に対し連絡をとることが事実上不可能な事態もありうることを挙げている。

1 しかしながら、休養時間中に会社から乗務員への連絡をとることが全く不可能だというのならともかく、連絡がとれないこともあるというだけでは、会社の勤務変更命令権の存在を否定する何らの理由となるものではない。連絡をとりうる場合、ないし連絡がとれた場合については、勤務変更指示の可能性ないし効力を否定すべき理由がないからである。

しかも、多くの場合は、乗務員に対して、その休養時間中かかる連絡をとる可能性が存在することが多いのであり(原審関河証言)、現に本件の場合も、被控訴人に対してかかる連絡がとれているのであるから、原判決の挙げる右の如き理由は、一般的に会社の勤務変更命令権を否定する理由ともならなければ、また本件における勤務変更指示の効力を否定する理由ともなりえないものといわなければならない。

現に、客乗組合の作成に係る勤務協定の解釈運用基準(乙第一六号証)においても、「交替資格を有する乗務員がいても連絡のつかない場合には」云々との記載(同号証二五頁解基8(5―5)<6>)が認められるのであるが、これは、休養時間中においても、会社から乗務員に対する連絡、すなわち勤務変更指示が可能であることを当然の前提としていることが明白である。

2 休養時間中に、会社から乗務員に対して業務上の指示をした場合、その指示が乗務員によつて受領された以上、その効力を生ずるものであることは、右に述べたとおりである。

被控訴人は、休養時間が自由時間であつて、会社が原告の労働力を支配しうる状況になかつたから、休養時間中になされた本件勤務変更の指示は被控訴人を拘束する効力を生じなかつたと主張している。

しかし、労働力を支配するということと、労働者に対して使用者の意思を伝達するということとは別問題である。意思表示が相手方に到達し、相手方によつて受領されれば、意思表示の効力が生ずることは当然である。そこには、労働力の提供なる要素は必要としない。したがつて、かかる意思表示の効力が、その受領の時期が勤務時間中であると休養時間中であるとによつて左右されるべき理由はない。

本件の場合、会社のした勤務変更の指示は、被控訴人に到達し、被控訴人によつて受領されているのであるから、その時点において効力を生じたものであることは、議論の余地のないところである。

なお、被控訴人も原判決も覚書II4については、会社が乗務員に対し、シヨウアツプタイム以前に出頭を命ずる権限を有することを認めているのであるが、この出頭の指示は、当然ながら乗務員が休日又は休養時間中にあると否とにかかわらずなされることになる。もし、その指示の効力が否定されることになると、会社にこのような権限を認めてみても無意味に帰することは明らかである。かかる点から考えても、労働力の支配ということと、意思の伝達ということとは分けて考えなければならないことが理解されよう。

3 被控訴人は、「本件業務命令は休養時間中の原告に対し、休養時間を短縮し直ちに出頭を命じたものである。」と主張しているが、まさにそのとおりである。

国内線の場合、基地及び乗員宿泊予定地における休養時間は、少なくとも連続一二時間とされているのであるが、乗員宿泊予定地の場合に限り、休養時間が一二時間未満であつても(但し八時間未満とすることはできない)、「不測の事態により乗員交替の措置が講じられない場合」(その解釈については、すでに述べた。)には、勤務をさせることができるものとされている(勤務協定5―8―1(1)及び客室乗務員就業規程一一条第一項(2))。

かかる規定がある以上、連続一二時間以上の休養時間をとつている乗務員に対しては、基地であると乗員宿泊予定地であるとを問わず、また「不測の事態により乗員交替の措置が講じられない場合」等の要件なくして、会社は休養時間を短縮し、乗務を命じうるものと解釈すべきが当然である。

右の見地からみるとき、本件業務命令は、乗員宿泊予定地において、すでに所定の一二時間を超える休養時間を過ごしていた被控訴人に対し、爾後の休養時間を短縮し、乗務を命じたものであるから、勤務協定に適合し、被控訴人においてこれを拒否する理由は全く存在しなかつたことが明白である。

四 全日空における勤務変更について

1 控訴人は、原審において、本件勤務協定の解釈の参考資料として、全日本空輸株式会社と全日本空輸労働組合とが締結している客室乗務員の勤務に関する協定書(乙第一七号証)を提出したところ、原判決の判断は、次のとおりであつた。

「乙第一七号証によると、全日本空輸株式会社と全日本空輸労働組合が昭和五六年九月五日に締結した客室乗務員の勤務に関する協定書には、付則二―二として協定の適用を除外する場合を列挙しており、その一つとして、主基地以外の空港において、気象状態、空港条件、機材条件等の航空条件に異常があつた場合又は他のスチユワーデスに病気、怪我、遅刻等の異常があつた場合を挙げその場合においても勤務時間、飛行時間及び離着陸回数の予定限度は右協定書の定めるとおりとする旨定めており、更に付則二―三において、付則二―二により協定の定める範囲を超えて勤務したときは所属基地帰着後三六時間以上の休養を与える旨定めていることが認められ、右各規定の趣旨は、要件を限定したうえで勤務内容の変更があり得ることを認める一方で、その代償措置を明定したものと解されるから、このような明確かつ包抱的な規定を欠く被告会社における労働関係と右全日本空輸株式会社のそれと比較して事を論ずることはできないというべきである。」

しかしながら、原判決の右認定は、全日空の協定書の完全な誤解に基づくものである。

原判決は、右の判示によつて明らかな如く、全日空の協定書につき、勤務変更について「明確かつ包抱的な規定」があるとし、そこには、「要件を限定したうえで勤務内容の変更があり得ることを認める一方で、その代償措置が明定」とされているとしている。

しかして、原判決が右の如く判断した根拠として挙げるのは、右協定書付則2―2及び2―3である。

ところが、原判決が挙げる「主基地以外の空港において、気象状態、空港条件、機材条件等の航空条件に異常があつた場合又は他のスチユワーデスに病気、怪我、遅刻等の異常があつた場合」というのは、右付則2―2(4)<1><2>に定められている事態であるが、その場合右付則によつて適用を排除される協定本則の規定は、次の二つの規定である。

「2―6 一回の勤務において、勤務時間は一〇時間を、飛行時間は六時間を超える予定をたててはならない。

2―7 一回の勤務における離着陸回数は四回を超える予定をたててはならない。」

そして、その場合においても、協定本則2―10の「一回の勤務において、勤務時間は一二時間を、飛行時間は七時間を、離着陸回数は五回を超えてはならない。」との規定の適用は排除しないというのが、付則2―2(4)但書の定めである。

したがつて、ここでは、協定に定める勤務時間、飛行時間及び離着陸回数を超えて乗務を予定する場合の特則が定められているにすぎず、これを勤務変更一般に関する要件を定めたものとみるのは、全くの筋違いである。

原判決が勤務変更の代償措置であるとした付則2―3の規定もまた、勤務変更一般に関するものではなく、協定本則2―6及び2―7の範囲を超えて勤務をした場合における代償措置を定めたものにほかならないのである。

以上にみたところから明らかな如く、全日空の協定書においても、勤務変更一般については何らの規定がなく、同社が協定本則の規定によらないことができる場合が定められているにすぎないのである。

しかして、本件で問題とされている勤務変更は、本件勤務協定本則の規定の範囲内で行われるものであつて、その範囲の外に出るものではないから、全日空の協定書付則2―2及び2―3の規定との比較において、会社の勤務変更権限を否定的に解する余地のないことは明らかである。

むしろ、逆に、全日空の協定においては、協定本則の範囲を超えるような勤務変更の指示をすら会社が一方的になしうるものとされている点が、本件における会社の勤務変更命令権の存否の判断について、参考にされなければならないと考えるのである。

さらに、原判決は、本件勤務協定において、乗務員交替又は勤務変更の具体的方法ないし手続が規定されていないことを理由として、会社が一方的に交替又は勤務変更を命じうる権限を有することを否定している。その誤りであることは、すでに指摘したとおりであるが、原判決が、会社側に一方的な勤務変更の権限があると認めている全日空の右協定書においても、乗務員交替又は勤務変更の具体的方法ないし手続については、何ら規定がおかれていない。その点は、本件勤務協定と変りがないのである。

この点においても、原判決は、本件勤務協定の解釈にあたり、全日空の右協定書を正当に参酌していないものといわなければならない。

2 証人芝佳宏は、甲第二九号証の一、二を証拠として、全日空における客室乗務員の勤務変更については、予め本人の了解を得なければならないとする取扱いをすることにつき、労使が一致している旨の証言をした。

しかしながら、控訴人において全日空より入手した乙第三七号証の一、二によれば、全日本空輸労働組合は、一九八七年三月六日同社社長あてに提出した要求書において、「C 客室乗務員に関する要求」の一項目として、「勤務変更は、本人と協議し合意の上で行うこと」の要求を出しているが、これに対して、同年四月一四日同社社長より出された回答書においては、

「勤務変更は極力行なわないことを基本に考えておりますが、天候や空港・機材条件等によつて左右される航空機運航の特殊性及び客室乗務員の勤務に係る諸制約がある中で旅客輸送事業の公共性を維持するためには、勤務を変更し対応することが必要であり、その変更の運用に当つては諸状況を勘案のうえ行なつておりますが、今後とも従来通り慎重に取扱うこととします。」

とされていて、同社としては組合の要求に応ずる意思のないことが明確にされている。

これによつてみれば、全日空においては、本人と協議し合意するという手続を踏むことなく、客室乗務員に対する勤務変更が行われていることが知られるのであつて、前記芝証人の証言は信用できないことが明らかである。

五 東亜国内航空等における勤務変更について

1 会社が、東亜国内航空株式会社より入手した乙第三八号証の一、二によれば、東亜国内航空労働組合は、昭和六二年三月五日同社社長あてに提出した要求書において、「5 客室乗務員の勤務改善に関する要求」の一項目として、

「(8) 勤務協定および勤務割の変更について

<1> 勤務割表は一カ月単位とし、実施五日前までに作成し、原則としてこの勤務割表の変更は認めない。

<2> ただし、やむをえずこの勤務割表を変更する場合は、五日前までとし、会社は協定どおり担当課より連絡をし、本人の同意を得ること。これをもつて勤務を固定し、以降の変更を認めない。

<3> 勤務確定以降の変更にあたつては、オリジナルの乗務割の変更を伴なわないS/Bパターンで調整することとする。

<4> 急病、災害、大幅な異常運航等により、やむを得ず緊急に乗務割を変更する必要が生じた場合に限り、前日までの変更を認めるが、これについても本人の同意を得ること。

<5> 同日の変更(含むダブルシヨーアツプ)は認めない。但し、運航宿泊地(主基地以外の意)においての取扱いは、次の条件を踏まえた上で本人の同意を得て、組合と協議すること。

(イ) 当日の所定勤務時間(オリジナル・スケジユール上)を超えない範囲であること。

(ロ) 二機種乗務とならないこと。」

との要求をしたのに対し、同社社長の同年四月一五日付回答書では、

「(7) 勤務確定および勤務割の変更について

客室乗務員の勤務については、天候や空港、機材条件によつて左右される航空機運航の特性、客室乗務員の勤務にかかわる諸制約ならびに客室乗務員自身の急な病気、欠勤等の理由により、やむを得ず事業の公共性を維持するために、勤務の変更によつて対応することも必要であります。

貴要求については、上記主旨からも実態的でなく応じられませんが、勤務の変更については、会社としても必要最小限に運用できることが望ましく、従来より運用にあたつては、工夫を加えつつ慎重に行つております。

なお、貴組合との交渉を踏まえ、今年度より勤務パターンの3―2・3―1試行に踏み切つたわけでありますが、これは客室乗務員自身のオリジナルスケジユール遵守について協力を得られることを前提としているものであり、このことにより、勤務の変更が大巾に減少できるものと期待しております。」

との回答がなされ、同社としては、組合の要求に応ずる意思のないことが明確にされている。

これによつてみれば、東亜国内航空においても、本人の同意を得たり、組合と協議するという手続を踏むことなく、客室乗務員に対する勤務変更が行われていることが知られるのである。

2 旧国鉄における勤務変更について

証人芝佳宏は、甲第二八号証(「旧国鉄の職員勤務基準規程」)を根拠として、旧国鉄における列車乗務員に対する勤務変更は、前日の午後五時以降は一方的には一切できないという決りである旨証言した。

しかしながら、甲第二八号証によれば、「所定の始業及び終業の時刻を変更する場合」については規定がおかれている(第三章第一節通則の第九条)が、勤務確定(四日前に確定するものとされている。)後の勤務の変更については、時間的な制限は設けられていないことが知られるのである。(同通則の第一六条)。同章「第一七節列車乗務員勤務」中に設けられている規定についてみても、同様である(第九三条)。

日本国有鉄道職員局作成の乙第四〇号証の一、二においては、旧国鉄職員の勤務に関して、次の如き見解が示されており、これに照らしてみても、前記芝証人の示した解釈には、何らの根拠もないことが知られるのである。

「現行の『勤務の予定及び確定のルール』に対する基本的見解をまとめると次のとおりである。

(一) 予定表公表後、確定(四日前)に至るまでの勤務変更について

業務上の必要が生じた場合は必ず変更すること。

業務上必要な勤務変更に応じなかつた職員は、『業務命令違反』として処分の対象となる。

(二) 確定後、前日までの勤務変更について

やむを得ない場合は、本人の生活設計を十分配慮して変更すること。

『やむを得ない場合』とは、欠勤が生じた場合、緊急事態が発生した場合、緊急事態の発生が予想される場合、及び臨時的施策の実施等経営上・業務上の必要が生じた場合等を指すものである。

『本人の生活設計を十分配慮して』とは、管理者の立場から、『国鉄業務の円滑な遂行』と『職員の生活設計』とを比較衡量して判断するものであつて、管理者自身の裁量に委ねたものである。

この場合の勤務変更に、本人の同意は必要ではないので、管理者の本分に照らして、恣意にわたることなく下した判断である以上、たとえ本人が『配慮不足、承服できない』等と主張しても、毅然として変更を行なわなければならない。したがつて、本人の生活設計を十分配慮して行なつた勤務変更に応じなかつた職員は、『業務命令違反』として処分の対象となるものである。

(三) 当日の勤務変更について

『当日勤務者』に対する場合と、『非就労日者』に対する場合とが考えられるが、どちらに対しても勤務変更は可能である。

しかし、この場合は、本人の生活設計に対して最大限の配慮を行なうなど、慎重に行なうこと。」

3 東日本旅客鉄道における勤務変更について

芝佳宏証人は、民営化後の国鉄における勤務変更について、前日の午後五時以後は、一方的には一切できないとする旧国鉄当時の取扱が変つていない旨証言したが、この点も明確に誤りである。

乙第三九号証(東日本旅客鉄道株式会社の「就業規則」)においては、

「第五五条 社員の勤務は、毎月二五日までに翌月分を指定する。ただし、業務上の必要がある場合は、指定した勤務を変更する。」

と規定されていて、会社が勤務変更命令権を有すること、それについては何らの時間的制限も付されていないことが知られるのである。

第三会社の勤務変更の必要性と従業員の不利益性との比較衡量

原判決は、勤務協定に会社が勤務変更を一方的に命じうる権限がある旨の明文の規定あるいはこれを当然の前提とした規定は存在しないものの、このことから直ちに会社に勤務変更権限がないとは断定できない、としながら、勤務の変更は、客室乗務員の休日や勤務時間の変更をもたらすから、変更についてはその必要性とこれを受ける従業員の権利の保護の面から両者の調和点を見い出すことが必要であるとした上、当日の勤務時間の繰上げ変更は、前日の勤務終了後次の勤務開始までの労働から開放された自由時間の短縮を余儀なくされ、その社会生活上の不利益は著しく大きいから、勤務協定にこれを認める規定が存在するか又はその旨の事実たる慣習が存在しない限り許されない旨判示している。

しかし、右の判断は、立論の前提において誤つているばかりか、従業員の不利益というものの捉え方においても誤つている。

一 勤務変更の必要性

1 勤務変更の原因となる事態としては、勤務割表配布後の乗務員の年次有給休暇及び生理休暇の取得、病気、突発的事故等による乗務員の欠務又は機材故障、天候不良等による運航計画の変更などがあるが、これらの事態の発生により直ちに勤務変更が必要となる訳ではなく、むしろ、このような事態においてもなお前者については機種毎に会社が決定した一定の編成人員を維持しなければならないという勤務協定上の要請、後者についてはそのような事態に遭遇した乗務員について、勤務協定に定める各種条件を満たしたうえで定時性を確保しつつ運航を維持しなければならないという定期航空運送事業者としての高度の公共的使命がそれぞれあるからである。

すなわち、前者のような事態が発生しても、もし通常の編成人員未満の編成による運航が許されるなら、他乗務員の勤務を変更してまでその者を当該欠員の補充にあてる必要はない。欠員補充の措置が必要とされるのは、覚書I・26により、可能な限り欠員補充の措置を講ずべきことが要請されているからであり、したがつて、交替要員確保のための勤務変更は、右のような勤務協定上の要請という必要性が主たる理由となつているのである。

また後者については、例えば本件のような運航中の機材故障の場合にあつても、その後の運航について可能な限り定時性を確保し、欠航は回避しなければならないという高度の公共的要請がある一方その運航にあたる客室乗務員について、右のような変則的事態(イレギユラリテイ)においてもなお例えば勤務三日目の乗務員はその日のうちに基地に帰投せしめて休養を与えねばならない勤務協定上の定めを会社が遵守しなければならないから、その代替要員のために勤務変更が必要とされるのである。

2 かようにみてくると、勤務変更の必要性は、勤務協定上の要請と運航の確保という高度の公共性に求めることができるのであつて、前者の要請は、専ら乗務する客室乗務員の勤務条件の保護を目的とするものであるから、その利益の帰属主体は乗務員に外ならないし、後者は、旅客の便宜が中核となるのであるから、これらの必要性が共に広い意味で会社の必要性の範囲に含まれるとはいつても、それは利益が専ら会社に帰属するという意味の会社の必要性とは著しく意味内容を異にするといわねばならない。

二 勤務変更によつて受ける乗務員の不利益の内容

1 前記一で述べた会社の必要性に基づき、勤務変更を命じられる客室乗務員の不利益の有無、程度、内容をみると、確かに、これにより勤務の開始、終了時刻が変わり、場合によつては勤務時間も延長となり、休日の位置が変更となることもありうるという点で不利益が全く生じないとは断定できないが、その程度は、右に述べた勤務の不規則性、ひいては私生活の不規則性をもたらすという一般的抽象的な程度にとどまり、これによつて直ちに変更を受ける乗務員の社会生活に具体的支障が生ずるというものではないし、その内容をみると、右のような私生活上の不規則性は、そもそも日々の勤務開始・終了時刻、休日等が特定しておらず、毎月の勤務割表によつてそれぞれ異り、しかも右の勤務予定もスタンドバイの起用により変更されるという客室乗務員の勤務の特殊性自体にすでに内在しているところであつて、このような勤務であることを承知して入社した客室乗務員にとつて或る程度は甘受すべきである、ということに加え、そのような不利益を受けて勤務変更を命ぜられた結果、他の乗務員は当初の乗務予定者の欠務にも拘らず、所定の人員で乗務しうることとなり、或いは勤務協定所定の勤務条件を保障されつつ運航が確保されることにより旅客の便宜も損われないという結果をもたらすのであつて、これらの利益は会社が享受するものではなく、特に客室乗務員の勤務条件の保護は、他の機会には立場が入れ替つて右の勤務変更を受けた当該乗務員自身が享受することもあるのであつて、その意味では乗務員の相互扶助的意味をも有するのである。

2 このようにみてくると、勤務変更は、これを受ける客室乗務員に一定の不利益を与えるといつても、右にみたその程度、内容、特に相互扶助的性格をも総合考慮すれば、これを命ずる会社と勤務変更を受ける乗務員の立場は、利益を享受する側と、その利益のために不利益を強いられる側という対立当事者として捉えるのは実態に即さない著しく衡平を失した見方といわねばならない。

むしろ、右の実態を直視すれば、会社は、変則的事態が発生した場合においてもなお勤務協定所定の条件を維持して客室乗務員全体の労働条件の低下を防止し、なおかつ公共交通機関としての使命を達成しようとする立場から勤務変更を命ずるということができるのであるから、右のような客観的必要性の前には、これを受ける乗務員の不利益は、特に具体的な支障ではなく一般的不利益にとどまる限り一歩を譲るというべきである。

3 そして、右の理は、事前の勤務変更の場合であれ当日のそれであれ基本的に変わるところはないといわねばならない。

むしろ、前述のような変則的事態が当日になつて発生した場合ほど前記2の勤務変更の客観的必要性は高くなるといえる。

ところで右の点に関し原判決は、前日の勤務終了後当日の勤務開始までの時間は労働から解放され、自由に行動することができる時間であるのに、勤務時間の繰り上げを命じられることによりこの自由時間の短縮を余儀なくされることになるから、これにより従業員の受ける社会生活上の不利益は著しく大きい旨判示する。

しかし、勤務協定上休養時間として、その間は業務に就かしえない、という意味で労働者の権利として保障されている時間は原則一二時間、最低八時間であることは協定5―8―1に徴し明らかであるから、たまたま勤務終了後次の勤務開始まで一二時間を越える時間が予定されていたとしても、一二時間を越える(協定5―8―1(1)abの事由があるときは八時間)時間については勤務を命じえない理由はなく、したがつてこの時間が短縮されることが一律に著しい社会生活上の不利益をもたらすと解することは到底できない。

しかも、右のような休養時間を短縮する形の勤務変更は、当日の勤務変更に限らず事前の変更にも多くみられる。

すでに主張したとおり、国内線の勤務は、三日乗務して二日休日、三日乗務して一日の休日という3―<2>―3―<1>のパターンを繰り返す。このうち休日は暦日単位で与えられるが、その休日は、勤務協定1―7、6―1により同時に休養時間としての性質も併有している。つまり、三日目の勤務終了から二日間の休日を挟み、次の三日間の勤務開始までの間が連続して時間単位で休養時間とみなされるのである。

そして、右の休養時間中に挟まれている休日には勤務は命じえないが、この二日間の休日があけた最初の勤務日に到つた時点では、協定に定める一二時間の休養時間が確保されたことは理の当然であるから、例えばこの休日あけの最初の勤務日の勤務開始時刻が当初午前一一時と予定されていても、これを事前(例えば三日前に)に午前九時の便に変更することは協定上全く問題がないし現にしばしば行なわれているところである。

しかし、原判決の説示によれば、右の場合も自由時間の短縮として社会生活上の不利益は著しく大きいこととなり、使用者側の業務上の必要性は一歩を譲らなければならないことにならざるをえないが、そうであるとすれば、原判決が、特に当日になつてからの勤務の繰り上げ変更が従業員の権利保護の面から問題となる根拠として挙げた自由時間の短縮という点は、およそ事前であれ当日であれ当初指示された勤務開始時刻を早める勤務変更すべてに妥当することになり、何も当日になつてからの繰り上げ変更に特有の不利益といえず、したがつて右の点のみを取り上げて当日の繰り上げ変更を特に問題視する原判決の判断は明らかに誤つている。

さらに、原判決のような自由時間の短縮に着目するなら、それは何も勤務の繰り上げ変更によつてのみ生ずるものではないこと論理的に明らかであつて、例えば、航空機の遅延によつても右の自由時間が短縮されることになることは協定5―8―1自体が予定しているところからも窺えるとおり、事前に、一日目の勤務を繰り下げ変更し、二日目の勤務を変更しない場合も同様に自由時間の短縮をもたらすことになる。

これをもし社会生活上の著しい不利益とみるなら、およそあらゆる勤務変更は、勤務開始又は終了時刻の一方若しくは双方の変更を意味するから、その変更にもかかわらず当初設定された休養時間が同じ、という偶然としてでも殆ど起こりえない稀有な条件が満足されない限り許されないことになる。その不合理であることは、すでに述べた勤務変更の必要性の客観的内容を想起すれば明らかであろう。

4 勤務変更を必要とする事態は、本件のように変更当日に発生することもあるし、年休請求のように事前に発生することもあるが、変更の必要という面からみれば当日の方が緊急性という点で高いことはいうまでもなく、一方これによる従業員の不利益は、自由時間の短縮という点では特に事前の変更と変わるところがないことすでに述べたとおりであるし、その他一般的にみて当日の変更が事前の変更より不利益が大きいとみる理由は全くないから、当日の勤務変更についても、すでに主張したとおり、特に具体的な支障がない限り、乗務員の不利益は変更の必要性の前に一歩を譲るというべきである。

三 スタンドバイの起用と勤務変更の関係

1 前述したような変則的事態が発生した場合に備え、会社にはスタンドバイ要員を置いている。

その目的は、右のような事態の発生に対しても、前述した客室乗務員の勤務条件を維持し、運航を確保することにある。

勤務変更も、スタンドバイの起用も、その目的とするところは全く同一である。

しかし、事態の具体的状況によつては、勤務変更によつてしかその目的を達しえないときもあるし又その逆もある。さらには、いずれの方法も採ることができる場合もあり、どのような事態に対しどの方法を採用するかはそのときの運航状況等によつて一概には決しえないから、それらの判断は会社の合理的裁量に委ねられているといわねばならず、会社の判断が一見して明白に不合理である外は、その判断は運航責任者の判断として最大限に尊重されるべきである。

2 ところで、会社は、右のような事態が発生したときに、勤務変更で対処可能なときはそれで対処している。

その理由は、後刻勤務変更で対処しえない事態が発生したときにも対応できるよう可能な限りスタンドバイは温存しておく必要性があること、スタンドバイ要員は当該スタンドバイ当日のみの起用にとどまらず、これに続く一連続の勤務を指示されることになる結果(例えば、三日連続の勤務を指示されていた乗務員が初日に急病にかかつた場合、その初日にはスタンドバイを指示されているが二日目以降別の乗務を指示されているスタンドバイ要員を起用すると、そのスタンドバイ要員は、当該初日から始まる欠務者の三日連続勤務に就く結果)、自らの予定勤務はすべて必然的に変更となるばかりか、又その穴埋めのために他の乗務員の勤務を変更する必要が生じさらにその穴埋めのため他の乗務員の勤務変更が必要になるという波及的な勤務変更をもたらすことになり、かくては一人の欠務者により多数の勤務を不安定にする結果となることなどである。

次項でその具体的内容を検討する。

四 スタンドバイ起用による勤務変更波及効果の重大性

1 本件において原告のグループに勤務変更を命じたのは、三二六便(福岡一九時三五分発大阪二〇時三五分着)の乗務可能グループが福岡に存在しなかつたことに起因する。

そこで、スタンドバイを起用して三二六便を運航したらどのようなことになるかを次にみてみる。

原判決は正に右のスタンドバイ起用の方が確実で、各乗務員に不利益を与えない旨判示しているのであるが、そこにいう「不利益」とはあくまで当該各便の乗務予定者しか考慮の対象とはなつておらず、スタンドバイ起用による他乗務員の一連の勤務変更という不利益には全く留意していないという不当性が明白となるからである。

検討に当つては、本件当時の実際の勤務割表に従つてその影響をみるのが望ましいが、毎月約四〇〇〇名以上に及ぶ客室乗務員のマスタースケジユール及び関連資料を長期間手元に保存しておくことはできないため、ここで本件当時の人員配置状況を再現することは事実上困難である。

そこで、マスタースケジユール等が現存し、かつ、その中でスタンドバイ要員の数が本件当日に類似している同五九年一一月二四日のスケジユールを基に、この日本件と同一の事態が発生したと仮定し、スタンドバイ要員を起用したときの影響をみることにする。

仮定とはいえ、右のようなスタンドバイ起用の影響をみるについては、スタンドバイ要員の数さえ大幅な違いがなければ、日時の違いは全く度外視しうるから、殆ど本件当日にスタンドバイを起用したのと同じ結果がえられるとみてよい(乙第二九号証の一)。

2 検討の対象となる状況は本件と全く同様である。(具体的には原判決第二、三1(二)のとおり)

本件においては、右の三二六便の運航を一連の勤務変更によつて維持したが、ここでは、右の事態がそのまま同五九年一一月二四日に発生したと仮定し、且同年同月の実際の勤務割表のもとで右の事態にスタンドバイを起用して三二六便を維持したらどうなるかを検討しようとするものである。

本件と異なる状況としては、本件の場合スタンドバイ要員は東京一九名、福岡三名の合計二二名であつたのに対し、同五九年一一月二四日のそれは東京一六名、福岡五名の合計二一名という点のみである(五味証言)。

3 右の状況で昭和五九年一一月二四日午後一二時三〇分頃三二六便にスタンドバイを起用することを決定したとする。

(一) 必要な条件

<1> 必要人員

三二六便はDC―10型機である。従つて職種別必要人員は次のとおりである。

パーサー(以下PSという)       一名

アシスタントパーサー(以下ASという) 三名

スチユワーデス(以下SSという)    四名

計八名

<2> 乗務パターン

スタンドバイから起用された乗務員が三二六便に乗務し、大阪に到着(二〇・三五)した時点では大阪発の便は一切ないから、当該八名は、大阪で宿泊となり、翌二五日は、もともと二四日に三二六便を乗務予定であつたグループの乗務予定便であつた三一九便(大阪―福岡)、三七二便(福岡―東京)に乗務することになる。

すなわち、当該八名は、スタンドバイから起用され、一泊二日のパターンに就くことになる(五味証言)。

<3> 福岡へ送り込む手段

三二六便の福岡出発時刻は一九時二五分であるから、東京からデツドヘツドでスタンドバイを送るには三六九便(東京一六時五分発、福岡一七時五〇分着)を使うことになる(その前の三二六便では福岡で時間が空きすぎ、後の三七三便では間に合わない。乙第二九号証の二、五味証言)。

(二) 右条件を満たして使用しうるスタンドバイ要員は当日次のとおりいた。

<1> 東京

a 自宅スタンドバイ(Bスタンドバイ八時から一六時)

先任チーフパーサー(以下先任CFという) 一名

チーフパーサー(以下CFという)     一名

PS                   二名

AS                   一名

SS                   三名

b 指定場所スタンドバイ(一五時から二〇時)

PS                   一名

AS                   五名

SS                   二名

<2> 福岡

CF                   一名

AS                   二名

SS                   二名

(三) 起用者の選定

以上のスタンドバイ二一名の中から前記必要職種別人員八名を選ぶことになるが(乙第三一号証ノ一)、その際の判断要素は次のとおりである。

<1> 次の理由から、福岡のスタンドバイは起用しない。

ア 福岡のスタンドバイ要員は、福岡基地所属の乗務員運航便に欠員が生じたときの補填のためであること

イ 仮に起用しても必要数に満たず結局東京のスタンドバイを起用する必要があること

ウ 福岡のスタンドバイ要員五人は次表のとおりいずれも翌二五日に乗務等の勤務が予定されており、これらを起用した場合前述のとおり一泊二日の連続勤務となるから、二五日以降の当初の乗務予定便については他の乗務員をあてることにならざるをえず、さらにその補填のために他の乗務員のスケジユールの変更を必要とするなどその波及的影響は大きく、人員規模の小さい福岡ではその対応が困難になること(五味証言)。

尚大阪基地のスタンドバイについても同様の理由で使わない。

二七

二六

G/D

FLT

FLT

S/B

FLT

二五

FLT

G/D

FLT

G/D

一一・二四

S/B

S/B

S/B

S/B

S/B

C F

A S

A S

S S

S S

注 S/B スタンドバイ

FLT 乗務

G/D 地上勤務

H   休日

<2> 以上の点から、東京のスタンドバイを起用することになるが、前記aの自宅スタンドバイとbの指定場所スタンドバイのいずれから優先的に起用するかというと、次の点から自宅スタンドバイを優先的に起用する。

すなわち、指定場所スタンドバイとは、自宅以外の会社の指定した場所(昭和五四年当時は羽田東急ホテル、同五九年当時は、国内乗員部の一角に設けた部屋)で待機することをいうが、右内容から明らかなとおり、指定場所スタンドバイは、直ちに、かつ確実に起用できる形態であるから、それは、自宅スタンドバイを呼び出す時間的余裕のない程切迫した事態に対処する要員として可能な限り温存しておくのをスケジユール運用の常としており、又その運用は合理的というべきであるから、本件のように時間的余裕のある事態に対し自宅スタンドバイをさしおいて指定場所スタンドバイを優先的に起用するのは合理的ではないからである(五味証言)。

<3> そこで自宅スタンドバイを優先的に起用することとし、前記八名の翌二五日以降の勤務をチエツクする。何故なら、起用されるべき勤務はすでに述べたとおり一泊二日の勤務であるから、右の八名のうち、翌二五日に休日を予定されている者は起用できない(協定6―1―1により、三日間現に勤務した者については二日ないし一日の休日を実際に与えることになつている)からである。

前記八名の勤務予定をみると次表のとおり先任CF、PS<1>、SS<3>はいずれも翌二五日は休日であるから、これらの者は一泊二日の右勤務には起用できないことになり、したがつて自宅スタンドバイから起用できるのは、CF<1>、PS<2>、AS<1>、SS<1><2>の計五名となり、不足のAS一名、SS二名は指定場所スタンドバイ要員の中から起用することになる(DC―10機の客室乗務員の最高責任者はPSであるが、前記自宅スタンドバイのCF<1>、PS<2>は、下位職代行としてそれぞれPS職務、AS職務を代行しうる。五味証言)。

二七

二泊

三六五

三五一

五〇三

二六

一泊

五二三

五一九

一泊

五二三

二五

五一九

九三五

九三一

一一・二四

先任CF

CF<1>

PS<1>

PS<2>

AS<1>

SS<1>

SS<2>

SS<3>

<3> 三六九便でスタンドバイ要員を福岡へ送る(デツドヘツドという)には、それらの者の出頭時刻は一五時〇五分になるが、この時刻をカヴアーする指定場所スタンドバイはA3(一五・〇〇から二〇・〇〇)スタンドバイと呼ばれ次表のとおり八名いた。

二七

二六

一泊

五一五

一泊

五一五

一泊

五二三

一泊

五二三

一泊

五一五

一泊

五一五

二五

九三五

一一・二四

A3

A3

A3

A3

A3

A3

A3

A3

PS<3>

AS<2>

AS<3>

AS<4>

AS<5>

AS<6>

SS<4>

SS<5>

これらのうち、AS一名、SS二名を起用するには、右に述べたように二五日に休日を予定されておらず、しかも起用によりその後の他の乗務員のスケジユールに出来るだけ影響を及ぼさないような勤務予定の者を起用することになる。

このような観点からみると、前図AS<2>、<3>、<4>のうち一名のASを選ぶとすると、翌二五日も自宅スタンドバイを命ぜられているAS<4>が最もスケジユールの影響が少なく、SS二名は、スケジユール変更を余儀なくされるが、二名しかいないのでSS<4>、<5>を起用することになる(五味証言)。

これらの選任の結果は、乙第三一号証の二のとおりである。

4 スタンドバイ起用によるスケジユール変更の波及的影響

(一) 起用されたスタンドバイ要員自身についても、たんにスタンドバイの当日のみならず、翌日以降の自らのスケジユールが変更されることはすでに述べたとおりである。

その結果前記八名のうち、翌二五日もスタンドバイを命ぜられているAS<4>を除いた七名は、いずれも翌二五日以降日帰り便もしくは一泊便の乗務が予定されていたが、二四日のスタンドバイ起用の結果それらの乗務に就けなくなるので、その七名の補填が必要になつてくる。

(二) 右の七名の補填方法は基本的には前記三二六便起用の際と同様である。

すなわち、一一月二五日にスタンドバイを指示されている者の中から七名を選び、それらの者に対し、上記起用されたスタンドバイ要員CF<1>以下がもともと指示されていた乗務を命ずることになる。

その際、CF<1>、SS<2>、<5>の三名は、前記のとおり一一月二五日から二六日にかけての一泊便を指示されていたから、その補填も、できればその両日ともにスタンドバイを指示されている者を起用することが望ましい(それだけ影響は少ない。)が、なければ已むをえないからとりあえず一一月二五日スタンドバイの者を起用し、その者が二六日以降指示されている乗務は更に二六日スタンドバイを指示されている者を起用する、という作業を繰り返すことになる(乙第三一号証の一、五味証言)。

(三) そこで一一月二五日のスタンドバイ要員をみると次のとおりであつた。

a 自宅スタンドバイ

PS 一名

b 指定場所スタンドバイ(乙第二九号証の三)

A1 六名

A2 五名

A3 五名

指定場所スタンドバイは、通常、時間帯(A1、A2A3の区分)当りDC―10型機の編成数である八名を配置するのを原則としていることに照らせば、人員が逼迫した少ない配置人員であつたといえる。

(四) パーサーは、右の自宅スタンドバイの者(PS<4>とする)を勤務変更して用い六名「CF一名、AS一名、SS四名)は、右の指定場所スタンドバイを用いるか或いは窮余の策として国際線のスタンドバイを用いることになるが、右の指定場所スタンドバイは、すでに少な目の配員であつてこれを用いると当日の緊急事態に対応できないおそれがあるためにこれを用いることは相当ではなく、従つて国際線から応援を求めざるをえない。

そこで一一月二五日の国際線自宅スタンドバイをみると次のとおりである。

S1(零時から午前八時)   四九名

S2(午前八時から午後四時) 二八名

S3(午後四時から零時)   三二名

このうち、どの時間帯のスタンドバイを使うかというと、当日起用される確率の少ないS1(時間帯からして便が少ない)から通常は勤務変更して用いている。

したがつてS1四九名の中から選ぶことになるが、前記六名のうち、CFとSS二名は、前記のとおり二五日、二六日の一泊二日のパターンを持つていたから、少なくとも四九名のうちCF一名とSS二名の補充要員は両日スタンドバイを指示されている者がいればその中から選び、他の三名については日帰り便であるからこのような制約はなく、乗務時間の実績、グループ管理体制からくる要請等を考慮しつつ適当な者を選ぶことになる。

以上の結果国内線自宅スタンドバイからPS一名、国際線自宅スタンドバイからCF一名、AS一名、SS四名の合計七名が一一月二四日の段階で勤務割変更の指示を受けることになる。

(五) ところで、PS<2>に代わり二五日に五一九便、五二〇便の乗務を指示された前記パーサー(PS<4>)は、スケジユールによれば翌二六日は休日、二七日~二九日は三五三便以下の二泊三日の乗務が予定されていたが、勤務協定覚書I―一六によれば、「国内線における一暦日のみ休日については、スケジユール作成上一暦日の休日の前後に一二時間以上の勤務間隔を予定するよう配慮する」旨定めており、その趣旨は、前日の勤務終了から休日明けの勤務開始まで三六時間なければならないことを意味する。

ところが、前記パーサーの二五日の(五一九便)五二〇便の勤務終了時刻は二〇時三〇分であり、休日明けである一一月二七日の三五三便以後の二泊三日の勤務開始時刻は七時であり、この間三四時間三〇分しかないから、右パーサーを一一月二五日に五一九便、五二〇便に乗務させた以上は二七日の三五三便から始る二泊三日の乗務パターンは切らざるを得ない(乗務を命じえない)。

したがつて、右パーサーが本来乗務予定であつた一一月二七日の三五三便以降の二泊三日の乗務については、これまたスタンドバイからの勤務変更で補填せざるをえない。

その場合一一月二七日~二九日の三日間連続してスタンドバイを指示されている者がいれば、この者の勤務変更のみで足りるが、通常三日間を通してスタンドバイという勤務を指示されている者は少く、それがいないときは二七日にスタンドバイを指示されている者を勤務変更して二七日以降の二泊三日のパターンをとらせることになる。

そして、この者が二七日のスタンドバイに続いて二八日、二九日の一泊二日の乗務パターンを予定されていたら、その補充にさらに二八日スタンドバイを指示されている者をあてることになる。

この場合運よく二八、二九日ともスタンドバイを指示されている者がいればその者をあてることによつて一連の補充措置は完了するが、そううまく行くとは限らない。

そしてもし、二八日スタンドバイを命ぜられている者の二九日、三〇日のスケジユールが一泊二日の乗務であつたとすると、その二九、三〇日の乗務のため、二九日のスタンドバイを使い、そのスタンドバイ要員が三〇日に乗務を指示されていたとすれば、その補充のためにさらに三〇日のスタンドバイ要員を使わねばならないことになる。

かくて前記パーサーの勤務変更の結果、更にそれから波及して一一月二七日以降のスケジユールで二ないし数名のパーサーのスケジユール変更が生じることとなる。

一方CF、SS三名については、いずれも二日連続のスタンドバイがいたから三名の勤務変更で済んだが、もしいなければ一一月二六日以降乗務を指示されている者を用いざるをえなくなり、その二六日以降の勤務補充のためさらに他の勤務変更が必要となつてくるのである(五味証言)。

五 比較衡量

1 以上に述べたとおり、機材故障等の不測の事態が発生し、これに対し勤務変更で対処することもできればスタンドバイの起用で対処することもできる、というときは、勤務変更によつて対処する方が客室乗務員全体のスケジユール維持という面で客室乗務員全体の利益に適うものである。

すなわち、右の例の如く当日の勤務変更によつて対処すれば、通常当該変更を受ける乗務員の勤務開始時刻、終了時刻、勤務時間等の全部又は一部に変更は生ずるものの、当該乗務員の範囲で、しかも当日の変更のみで影響はとどまるのに対し、スタンドバイを起用すれば、当該スタンドバイ要員の、スタンドバイ当日の起用にとどまらずこれに続く一連の勤務の変更を招来し、しかもその勤務変更により次々と他の客室乗務員の勤務も変更せざるを得ない結果となる。

又、右事例においては当初スタンドバイから起用された八名が就く乗務パターンは一泊二日にとどまるが(それでもその波及効果の大きいところは右にみたとおりである)、それが二泊三日になることもあり、また国際線では長い場合には一五日を越える(平均でも五、六日)ことを考えれば、客室乗務員のスケジユール運用において、スタンドバイ起用に伴うその後の勤務変更の影響の大きさは、一般的には右事例より更に大きい実態にあるといえる。

この場合、スタンドバイ要員である以上右のような勤務変更は已むをえないものとして当然に甘受すべきである、という反論は正しくない。何故なら、スタンドバイから起用された乗務が当日のみで終るなら、それはスタンドバイという勤務そのものが予定しているものということができるが、起用された乗務が翌日以降に及ぶ一連続のものであるときは、スタンドバイの翌日以降別の勤務を持つているスタンドバイ要員にとつては、その部分は通常の勤務変更と変わるところがなく、スタンドバイであるが故に当然に甘受すべきものとはいえないからである。

2 そうであるとすれば、不測の事態に対し勤務変更で処理するかスタンドバイを起用するかは、たんに勤務変更を受ける者の不利益とスタンドバイの起用とを比較してその当否、合理性の有無を論ずべきではなく、スタンドバイ起用がもたらす前述のような波及的勤務変更例をも考慮した客室乗務員全体の勤務の安定性という見地からこれを論ずべきである。

このような見地から判断すれば、勤務変更で処理する方が客室乗務員全体の勤務の安定性に資する結果となること改めて指摘する迄もない。

原判決の判断は、右のような視点を全く欠落させているという点で不当であるばかりか、スタンドバイの起用についても勤務変更をもたらすことがあるということを理解していない点においても不当であるといわねばならない。

六 本件措置の具体的妥当性

1 右に述べたところは本件の場合一層よくあてはまる。

すなわち、本件についてスタンドバイを起用していれば、波及的に他の多くの客室乗務員の勤務変更を招来することすでにみたとおりである。

一方本件勤務変更により被控訴人に不利益を与えるかというと、被控訴人は、勤務協定に定める所定休養時間はすでに消化しいつでも勤務に就きうる状態にあつたこと、右の休養時間は基地外の指定宿泊ホテルでとられており、勤務変更とはいつてもその実態は指定宿泊ホテルを予定より僅か三〇分程度早く出発するにすぎないものであつてこれにより私生活上の具体的支障が生ずるものではないこと、勤務変更がなされても、勤務当日の勤務終了時刻が約一時間程度遅れるのみであつて翌日以降には全く影響を与えないことなど当日の勤務変更としても最も影響の小さい、しかも具体的な支障の生じないケースであつた。

2 しかるに原判決は、当日の勤務の繰り上げ変更が休養時間の短縮をもたらすから、それが重大な不利益であると判示するのであるが、右は指定宿泊ホテルでの滞在の意味を全く取り違えている。

すなわち、勤務協定1―7によれば休養とはすべての勤務から解放された時間をいうとされている。

したがつて、本件の場合被控訴人が休養開始時刻である一一月二四日午後九時二五分から、勤務開始時刻である一一月二五日午後二時五〇分から地上輸送時間の三〇分を早めた午後二時二〇分まで何らの勤務にもつかなければ結果として一六時間五五分の休養が与えられたことになる。

しかし、そのことと右の一六時間五五分について、会社が被控訴人をすべての勤務から解放された状態においておかねばならないのかということとはおのずから別問題である。協定上すべての勤務から解放された時間として保障されているのは5―8―1により一二時間(bの事由があるときは八時間に短縮できる)であつてこれ以上の時間は被控訴人に権利として保障されている時間ではない。

従つて、右の一二時間を越える時間が勤務の繰り上がりにより短くなるからといつて当然に被控訴人に不利益をもたらすとはいえない。

むしろ実態は逆である。

すなわち、東京を基地とする被控訴人らの乗務グループにとつて大阪での宿泊は、たとえその間勤務がなく待機義務もないという点で身体的拘束はないといつても、自宅での休日と異なり行動の自由は自ずと制約され、長期の宿泊は身体的疲労を伴うこと一般地上職の出張と変わるところがない。国内線の場合はそれでも一泊乃至二泊であるからそれ程問題が生じないとしても、国際線の場合は長いときは一連続の乗務が終わるまでに一五泊以上もすることがあり、この間たとえ身体的拘束を受けなかつたとしても一泊の乗務より疲労すること疑いを容れない。協定6―2―3が離基地日数に応じて帰着後の休日数を定め、しかも休日は必ず基地(自宅)において与える旨定めているのはそのためである。

国際線の場合少くとも二泊以上のパターンであれば、一連続の乗務中に暦日単位で休日を付与することは可能である。むしろそうする方が会社にとつて効率の上がる勤務であることは否定しうべくもない。

現在客室乗務員は協定上(6―4)月間一〇日の休日が最低限保障されているが、もし右のような取り扱いが許されるなら(労基法上は可能である)、例えば最も長い南廻り欧州線の一七日のパターンではその一連続の乗務中に一〇日間の休日を与えることができ帰着後の稼動日数が飛躍的に向上する。

しかし、そのような取り扱いとはせず、前述のとおり離基地日数に応じ、しかも基地において休日を与えることとしたのは、基地外の宿泊地においては、いくら勤務から解放されその行動に制約がないといつても実態として休日を与えられたとは評価しえないからであつて、そのような評価となるのは、結局一連続の乗務期間中の休養は何といつても一定の制約下にあることを否定しえないからである。

そうであるとすれば、極めて弱いとはいえこのような制約下にある状態からの早期離脱を意味する勤務の繰り上げ変更は客室乗務員にとつて有利になりこそすれ不利益であるとは到底いえない。

敢ていえば、一般地上職員が長期の出張を命ぜられ、予定していた最後の仕事が当日になつて予定より早く着手できることになつたのと同様である。この場合しなければならない仕事である以上早く着手し早く完了させて帰着したいと考えるのが常識というものであつて、予定の時間にならなければ着手しないというのは非常識と世間はみる。被控訴人の行動は正に後者であつた。

もつとも本件の場合繰り上げ変更によつても勤務終了時刻は早まらず予定より一時間程度遅れるものではあつた。しかしそれは変更された勤務の内容に起因するものであつて、事前の、繰り下げ変更の場合にも生ずるものであるから、当日の、繰り上げ変更の当否という面で考慮すべきものではない。

以上に述べたところからすれば、基地外の宿泊地における当日の勤務の繰り上げ変更が休養時間の短縮をもたらすという点で客室乗務員に著しい不利益をもたらすという原判決の判断はすでにその点において誤つているといわねばならない。

3 そして、当審における被控訴人本人尋問の結果によつても、被控訴人自身が本件勤務変更によつて私生活上の具体的不利益が生じたことは全くなかつたばかりか、クルーである配下のスチユワーデスには、勤務変更による具体的な支障の有無について質すことすらしなかつた。

被控訴人は、もつぱら、勤務変更は、協定上できないという議論のための議論(現に乗客は乗り込み、それぞれの目的、思いを持つて出発を待つていた。)、しかも前述の如く誤つた議論のみを根拠に勤務変更命令を拒否したのである。

被控訴人に具体的不利益がなかつたことは明らかである。

被控訴人の主張

第一本件の背景となる事実関係

一 昭和五四年一一月二五日の被控訴人の所定勤務時間等

1 被控訴人は、ほか七名の客室乗務員とともに、あらかじめ勤務割表によつて指示されていたところに従つて、昭和五四年一一月二四日に、九二七便(福岡―沖縄)、九二六便(沖縄―福岡)、三二六便(福岡―大阪)を乗務したあと翌一一月二五日の三一九便(大阪―福岡)およびこれにひきつづき三七二便(福岡―羽田)に乗務するために、大阪東洋ホテルに投宿し滞在していた。

2 被控訴人らのグループはパーサーたる被控訴人のほか、アシスタントパーサー四名(うち一名はスチユワーデス職務代行)、スチユワーデス三名の計八名(いずれも女子)によつて構成され、被控訴人が同グループ内の先任客室乗務員であつた。

3 被控訴人らが乗務すべく指示されていた三一九便および三七二便の予定出発時刻・到着時刻はつぎのとおりである。

・ 三一九便 大阪一五時五〇分出発―福岡一六時五〇分到着

・ 三七二便 福岡一八時〇五分出発―羽田一九時三五分到着

会社と客乗組合との勤務協定(乙第一号証)「五―一〇―一」によると、客室乗務員の所定勤務時間は、右一連の乗務の場合、最初の予定出発時刻の一時間前にはじまり(この時刻をシヨウ・アツプ・タイムと呼び、出先の空港においては会社の各空港支店内の所定の場所に、出頭すべきものとされている)、一連の乗務の最後の到着時刻の三〇分後に終了するものと定められている。

したがつて、昭和五四年一一月二五日の被控訴人の始業時刻、即ち大阪空港支店への所定出勤時刻(シヨウ・アツプ・タイム)は一四時五〇分であつた。なお右シヨウ・アツプ・タイムとは別に勤務協定上(「一―一三」および「五―一〇―一―(二)」)三〇分間の「地上輸送時間」が設定されており、この時間は休養時間にも勤務時間にも算入されないが、シヨウ・アツプ・タイムからこの三〇分を逆算した時刻(いいかえれば「地上輸送時間」の起算時点)をピック・アツプ・タイムと呼んでいる。すなわち実際上乗務員は、このピツク・アツプ・タイムにホテルの前で会社のさし回すタクシーに乗りこむことになつている。この時刻は本件の場合一四時二〇分であつた。

4 以上の事実関係については当事者間に争いがない。

二 一部機材における異常の発生にともなう機材繰りの内容

1 被控訴人らが当初乗務すべきものとなつていた便の運航に使用を予定されていた機材(DC一〇型機。機体番号JA八五三六)は、当日、次の各便を順次運航することを予定されていた。

<1> 三九一便 羽田七時三〇分出発―福岡九時一〇分到着

<2> 三〇八便 福岡一〇時五分出発―大阪一一時五分到着

<3> 一一二便 大阪一二時出発―羽田一三時到着

<4> 一一五便 羽田一四時出発―大阪一五時到着

<5> 三一九便 大阪一五時五二分出発―福岡一六時五〇分到着

<6> 三七二便 福岡一八時五分出発―羽田一九時三五分到着

<7> 三七七便 羽田二〇時三〇分出発―福岡二二時一〇分到着

被控訴人らのグループは本件当日に右の七つの便のうち<5><6>の二便を乗務する予定だつたわけである。同機材自体には何ら異常はなく、実際の出発到着時刻は、わずかの誤差はあつたが、ほぼ予定どおり<1><2><3><4>の各便の運航が行なわれていた。

2 ところが、これとは別に、当日

<1> 九〇〇便 大阪八時三〇分出発―羽田一〇時四五分到着

<2> 三五九便 羽田一一時四〇分出発―福岡一三時二〇分到着

<3> 九二七便 福岡一四時一〇分出発―沖縄一五時四五分到着

<4> 九二六便 沖縄一六時五〇分出発―福岡一八時二〇分到着

<5> 三二六便 福岡一九時三五分出発―大阪二〇時三五分到着

の各便に就航を予定されていた機材(DC一〇型機、機体番号JA八五三七)について、右<1>の九〇〇便運航中に第一エンジンの燃料ポンプに異常が発見されたため、同機は羽田空港到着後、ただちに整備を施す対象とされた。

このため、右<2>以降の各便の運航する機材を別途確保する必要が生じた。

3 会社は右JA五三七号機に代わる機材として、当日

<1> 三〇三便 大阪八時四五分出発―福岡九時四五分到着

<2> 三五六便 福岡一〇時五五分出発―羽田一二時二五分到着

<3> 五一三便 羽田一三時二〇分出発―札幌一四時四五分到着

(以下の予定省略)

の各便に就航を予定されていた第三の機材(DC一〇型機。機体番号JA八五三一)の予定を右<3>以降の分に関して変更し、この機材を整備入りした前記2の機材(JA八五三七)の代わりに前記2の<2>以降の便に就航させることとし、逆に本項<3>以降の便には前記2の機材をその整備完了を待つて就航させることとした。

4 ところで、前記2の<2>の三五九便が羽田を出発する予定時刻は前述のとおり一一時四〇分であるところこれに用いるべき機材の到着、すなわち前記3の<2>三五六便の羽田到着予定時刻は一二時二五分であるから、右三五九便の出発時刻は、当然予定より遅らせなければならないことになる。そうすると、この機材によつて、三五九便、九二七便、九二六便、三二六便(前記2の<2><3><4><5>)を順次運航したのでは、最後の三二六便が大阪空港に到着する時刻が同空港の使用制限時刻である二一時を過ぎるおそれがある。

したがつて、三二六便は、右機材より(すなわち前記2の<4>の九二六便より)早い時刻に福岡空港に到着する機材によつて運航させる必要があり、これに該当する機材として前記1の機材(JA八五三六)が選択された。すなわち同機材は三一九便(前記1の<5>)により福岡到着後三二六便(前記2の<5>)の運航のために使用され、本来同機材がひきつづき使用される筈であつた三七二便(前記1の<6>)には、第四の機材(DC八型機。機体番号JA八一一五が使用)されることとなつた。

5 以上が、九〇〇便飛行中に異常が発生したJA八五三七号機の整備入りに伴う機材繰りの内容である。この事情の詳細は、もとより本件当時被控訴人の知る由もなかつたが、客観的事実として当事者間に争いはない。

なお、当日羽田空港には右1ないし4にふれた機材とは別の機材(DC一〇型機。機体番号JA八五三二)が九時五五分に福岡からすでに到着していた。この機材を三五九便(前記2の<2>)の運航のために使用すれば、同便の出発を遅延させる必要はなく、従つて、前記4の機材繰りは不要となつたわけであるが、会社は右機材は本件の機材繰りの対象にはせず、予定どおり、五〇九便として定刻(一一時三四分)札幌に出発させた。

この事実についても当事者間に争いがない。

三 右機材繰りの変更にともなう客室乗務員の人員繰り

1 ところで、前述の三二六便(福岡―大阪)には、本来ならばこれに先立つ九二七便(福岡―沖縄)および九二六便(沖縄―福岡)に乗務した客室乗務員が各便に就航する機材(JA八五三七)とともにそのまま乗務することが予定されていた(この九二七便―九二六便―三二六便というパターンは前述のとおり被控訴人のグループ自身が前日の一一月二四日に乗務したパターンである)。

2 しかし、前述のように九二六便使用機材(JA八五三七)の福岡空港到着が遅れることを見込んで同機材をひきつづき三二六便に使用せず、これに代えて三一九便として福岡に到着する機材(JA八五三六)を三二六便に使用することに決定した会社は、機材自体と同様に客室乗務員についても九二六便に乗務する客室乗務員をそのまま三二六便に乗務させることは不可能であり、そのための交代要員を手当てしなければならないと判断した。

そして、客室乗務員手当ての具体的方法として会社は機材の変更と一致させる形で三一九便を乗務する客室乗務員を、ひきつづき三二六便に起用することとし、この三二六便が大阪を目的地とするためのものであるため、被控訴人らのグループに代えて当日大阪に滞在していた別の客室乗務員のグループ(林敏志チーフパーサーを先任とするグループ)を、右三一九便および三二六便に起用し、逆に右林グループが本来アサインされていた一五四便および一五三便に被控訴人らのグループを起用するように変更しようとしたものである。ただし、前述のとおり一五三便は成田発大阪行の便であるから、羽田を基地とし、当日が連続三日勤務の最終日にあたつていた被控訴人らのグループを当日中に基地に帰着させるために(ちなみに勤務協定「六―一―一」に国内線客室乗務員の乗務は連続三日を限度とするとの定めがある)、林グループを起用する場合には必要のない、一二八便(大阪・羽田行)の便乗(デツドヘツド)を、あわせて命ずることとなつたのである。

以上の事実関係については当事者間に争いがない。

四 本件勤務変更の内容

1 上述の如き事情を背景として、会社(大阪空港支店航務課)は、昭和五四年一一月二五日一三時四五分ころホテルにいた被控訴人に対し、ただちに空港に出頭し前記三一九便および三七二便の乗務の代わりに、当日は一五四便(大阪―成田)および一五三便(成田―大阪)に乗務したうえ、一二八便(大阪―羽田)に便乗(デツドヘツド)して羽田に帰着すべき旨を指示した。

ちなみに、右各便の予定出発時刻・到着時刻はつぎのとおりである。

・ 一五四便 大阪一四時出発―成田一五時一〇分到着

・ 一五三便 成田一七時出発―大阪一八時一〇分到着

・ 一二八便 大阪二〇時出発―羽田二一時到着

2 したがつて、本来右の乗務に就くべき客室乗務員のシヨウ・アツプ・タイムは大阪空港支店において一三時であるから、右1の変更指示を被控訴人が受けた時点では、すでに所定シヨウ・アツプ・タイムを四五分も経過していたわけである。また、右変更指示に従つて被控訴人がただちにホテルを出発したとしても、大阪東洋ホテルから大阪空港まで車で三〇分~四〇分はかかるから、空港到着は一四時二〇分前後になることが見込まれ、その後ブリーフイングなど出発前作業を一切省略したとしても、一五四便の出発は遅延せざるをえないことになる。

一方勤務終了時刻でみると、被控訴人の当初乗務予定だつた三七二便は、羽田到着一九時三五分であるから、勤務終了時刻は三〇分後の二〇時五分であつたのに対し、勤務変更後の一二八便は羽田到着二一時であるから勤務終了時刻は二一時三〇分となる。結局、本件勤務変更により、被控訴人の所定勤務開始時刻は一時間五〇分のくり上げ、勤務終了時刻は一時間二五分のくり下げとなり、勤務時間は三時間一五分の延長となるわけである。

以上の事実については当事者間に争いがない。

3 なお被控訴人は、当日、グループの船越、喜多村、矢野の三名のアシスタントパーサーとともに、ホテル外で昼食をとつたあと、一三時四五分ころホテルに戻りフロントで、「会社から電話が入つている」という旨を聞かされて、ただちに大阪空港支店航務課へ被控訴人のほうから電話を入れ、このときはじめて本件勤務変更に接したのである。

第二本件勤務変更の合理性

一 会社がスタンドバイを起用しなかつた理由

1 勤務協定(一―四)上、「勤務割の不時の変更に備え」るため、「スタンドバイ」の制度があり、客室乗務員は、実乗務や地上勤務以外にも、勤務割によつて「スタンドバイ」を命じられた場合には右勤務協定(五―六)の定める範囲内において、いつでも勤務につき得る状態を維持しなければならないこととなつている。これを受けて、現実に羽田・大阪の各基地には、会社が必要と見込む数の客室乗務員がスタンドバイしており、本件当日も例外ではなかつた(ほかに主として国際線のために成田空港との関係でも別にスタンドバイ要員が配置されており、この要員が必要に応じて国内線に乗務することもできる状態であつた。乙第五号証はこの要員を表から除外している)。

2 本件当日のシツプトラブルは一一時以前に発生しているのであるから、大阪、羽田、あるいは成田基地におけるスタンドバイ要員を前述の三二六便の乗務に起用する(つまり、三二六便の予定出発時刻一九時三五分の一時間前にあたる一八時三五分以前に福岡に送りこむ)ことは十分可能であつた(一一時以降に羽田を出発し、一八時以前に福岡に到着する便は、三五九便、三六一便、三六三便があり、同じく大阪から福岡への便は三一三便、三一九便がある。甲第一六号証参照)。この方法によれば、被控訴人らのグループに対しても、また林チーフパーサーのグループに対しても、それぞれの当初の勤務割を変更する必要は全くなかつたわけである。

原判決も、勤務変更による乗務員の確保には不確実性があること、一五四便は成田での国際乗り継ぎのため一時間以上の遅れは許されないこと、勤務変更を受けた者には予定外の勤務をさせる点で不利益の生じること等をあげ、会社の採つた措置は最善とはいえず、三二六便にはスタンドバイ要員をあてるべきであつたと指摘した。

3 原審において会社は、スタンドバイを起用しなかつた理由として、可能な限りスタンドバイ要員を温存しておく必要があるとし、当審においてさらにスタンドバイの起用により波及的に勤務変更の必要性が生じ乗務員への不利益が大きいと主張している。

しかしこれらの主張は、勤務協定の趣旨にも反し、事実にも反するものである。

二 スタンドバイの温存について

1 乗務員の不時の欠勤、機材の故障、天候の異変などにより乗務員の確保を必要とする事態の発生することは、航空に限らず運送事業には当然に予想されるところである。勤務協定もこのような事態を想定し、これに対処するためスタンドバイ制度を設けており、逆にこれ以外の制度を設けていない。勤務協定締結の経過やその明文を見る限り、勤務協定は前記の如き不測の事態にスタンドバイ要員をもつて対処するとしていると解するほかはないのである。

2 なるほど、これらの事態に対する人員繰りとして、スタンドバイ要員の起用によるよりも、勤務変更による方が運用上事務を繁雑にしない、あるいは乗務員に不利益が少ない場合もあるかもしれない(むろん会社も自認するように常にそうであるとは限らない)。しかし、このことは会社にスタンドバイ要員を温存し、まずもつて勤務変更を業務命令をもつて命じる権限を認めたことを意味するものではない。

第一に、不測の事態に対し、出勤者ないし出勤予定者相互間の勤務変更によつて対処する「必要性」なるものは少なくとも当日の勤務変更についてはきわめて稀にしか発生しない(原審関河証言)。会社の資料(乙第二八号証の一ないし一一)にも当日の勤務変更は一例もない。しかもその「必要性」なるものは、あくまでも事実上の必要性あるいは会社側の単なる事情というべきものであつて、その「必要性」のゆえに一方的な労働時間、始業・終業時刻の変更権を基礎づけたり、会社側の指示に労働者が応ずべき信義則の義務を基礎づけたりするような、法的意味を持ちうるようなものではない。

第二に、実際の問題としても、右のような「必要性」が生じた時は、会社はスタンドバイ起用をあとまわしに、まず勤務変更に応ずるよう協力要請すれば足りるのであつて、これまでの運用実態からみればこれで必要かつ十分なのである。勤務変更の必要性は、勤務変更命令権に結びつくものではない。

第三に、会社が何としても勤務変更を業務命令として行ないたいのであれば、鉄道や海運がそうであり、全日空・東亜国内航空がそうであるように、労使間で協議してルールを定め、勤務協定にこれを盛りこめばよいのである。客乗組合もこれに応じる姿勢を一貫して示してきた。その努力を怠り、むしろ協定化することによる制約を嫌つて協議すら拒否し、手続的にも内容的にも会社の自由な勤務変更をしようとするところに会社の無理があるのである。

3 スタンドバイの温存を当然の原理・原則ごとく云う会社の主張は右の如く何ら根拠のないものである。スタンドバイ要員を温存したい真の原因は、勤務協定(一―四)の明文にもかかわらず、スタンドバイ要員が「勤務割の不時の変更」に備えるに必要な数だけ確保されておらず、たんに突発的欠勤者の穴うめに必要な数しかいないという、会社の人員合理化によるものである。会社は「乗務員交替の必要が生じた場合、まつ先にスタンドバイを起用していたのではスタンドバイは何名いても足りない」というが、本件においてもスタンドバイ起用は十分可能であつたし、会社の出した書類(例えば乙第二八号証)を見てもスタンドバイによる対処は十分可能なのである。人員合理化のしわよせが勤務変更という形になつて乗務員にしわよせされているわけである。

三 スタンドバイ起用による波及的影響について

1 原判決は、国際線スタンドバイ要員の起用や本件当日に被控訴人や尾崎チーフパーサーのグループに対してしたような協力要請による対処のあることを指摘し、具体的に本件当日においてもスタンドバイ要員を温存する必要性はなく、スタンドバイ要員を三二六便に起用する方が適切であつたと判断した。まことに当を得たものである。

これに対し会社は昭和五九年一一月二四日のマスタースケジユールをもとに、この日本件と同一の事態が発生しスタンドバイ要員を起用したことを想定して、その影響を「検討」している(乙第二九号証)。そしてその結論として勤務変更で対処すれば佐藤・林・山田の三グループの勤務変更でおさまるのに、三二六便に八名のスタンドバイを起用することにより、少なくともさらに七名合計一五名(三〇人・日)に影響が出るという(当審五味証言)。この対比のしかたはまことに不可解というほかはない。

2 まず右の結論を単純にみても、勤務変更によれば右三グループ二四人に影響があり、スタンドバイ起用でいけば一五人に影響があるというのだからスタンドバイ起用の方が影響の出る人員は少ないことになる。

加えて勤務変更による時は、当初三二六便で大阪に到着し大阪に滞在する予定だつた山田パーサーグループは三七二便で羽田に到着してしまうのであり(乙第四号証)、運用上同グループは翌日はスタンドバイになるというのであるから(五味証言)、翌日山田パーサーグループが起用されるはずだつた三一九便(大阪―福岡)―三七二便(福岡―羽田)に乗務すべき乗務員はいないことになる(五味証言)。これに対処するため更に勤務変更を重ねることになるのであり、波及的影響はさらに大きいことになる。勤務変更で対処すれば、佐藤・林・山田の三グループのスケジユール調整でおさまるというのはこの一事をもつて虚偽であることは明白である。

3 ではスタンドバイを起用した場合の波及的影響はどうだろうか

会社のシユミレーシヨンによれば、二四日に三二六便にスタンドバイ要員として起用された八名の乗務員(仮にAグループと呼ぶ)は、同便乗務で大阪到着後大阪に滞在し翌日(シユミレーシヨンでいえば一一月二五日、以下の日付はすべてこれによる)三一九便(大阪―福岡)―三七二便(福岡―東京)を乗務するとしている(乙第二九号証の一1頁)。これは二四日に三二六便で大阪に到着するはずだつたグループ(以下Bグループと呼ぶ)が大阪に到着できないため、Bグループが二五日に就くはずだつた三一九便―三七二便にAグループを起用しようというわけである。この起用のしかたが波及的影響を招く源となつている。しかしながら実はBグループを二五日に三一九便―三七二便に起用することはできるのである。二四日Bグループは三二六便に先立つて九二七便(福岡―沖縄)―九二六便(沖縄―福岡)を乗務している。この九二六便による福岡到着が遅れたため、三二六便(福岡―大阪)に乗務できなかつたわけである。そこでこのBグループを二四日福岡に滞在させ、二五日にデツドヘツドで大阪へ送れば同日Bグループは三一九便―三七二便に乗務できるわけである。このデツドヘツドによるBグループの大阪への送りこみは勤務協定上又スケジユール上十分可能である(五味証言)。

次にBグループの二五日における措置であるが、当然ながらこれらの乗務員は二五日には東京発の便をアサインされている。したがつてそのスケジユールを維持するためには二五日にデツドヘツドで前日滞在した大阪から東京へ帰着させなければならない。これが可能かどうかをシユミレーシヨンしてみると、朝七時二〇分発の九三一便をアサインされているSS(乙第二九号証の一1頁のSS<1>)を除き七名はデツドヘツドで戻すことにより、その後勤務協定制限内でオリジナルスケジユールを維持することができるのである(五味証言)。しかもその一名についても、その者に代えてスタンドバイ要員のうち二五日に比較的遅い便をアサインされている者を起用し、二四日の三二六便にスタンドバイ要員として乗務させれば、他の七人と同様にオリジナルスケジユールを維持することができるわけである(五味証言)。

4 以上のとおり結局スタンドバイ起用によればBグループのスケジユールの一部の変更とAグループの起用をもつて対処でき、会社のいう他の多くの乗務員への波及は生じなかつたのである。一方、勤務変更によれば三グループ以外にも波及的影響を及ぼすものであり、この面からもスタンドバイ起用の方が適切妥当の処置であつたことが論証されたのである。

5 なお会社は乙第二七号証の一、二を提出し、あたかもスタンドバイの起用により、いつも大幅なスケジユールチエンジが必要になるかの如く主張している。しかしこれは勤務が長期にわたる国際線から例を引いているためにそうなつているのであつて、勤務変更によつても同様に大幅なスケジユールチエンジは避けられないのである。確かに会社の提出した乙第三〇号証の一によれば、勤務変更による方が他への波及が少ないケースもあろう。しかし右書証は、例えばデツドヘツドから実乗務に勤務変更をするケースのように、勤務変更による方が他への波及の少ないケースを意図的に拾つているにすぎない。先に論証したように、本件のようにスタンドバイの起用によつた方が波及の少ないケースも多くあるのである。

第三被控訴人が本件勤務変更に接して以後の事実関係ならびに本件各処分等

一 被控訴人の大阪空港支店航務課への対応

1 被控訴人は本件当日一三時四五分ころ、東洋ホテルのフロント係から「大阪の航務課から電話下さいとのメツセージが入つております」との連絡を受け、ただちに会社の大阪空港支店航務課へ電話を入れ、用件をたずねた。

これに対し、大阪空港支店航務課の職員は、被控訴人のグループの乗務すべき便が「オリジナルのパターンから変わつて、一五四便・一五三便・デツドヘツド一二八便となつた」こと、および「時間がないから急いで空港の方に来てほしい」旨を告げた。右航務課職員の指示が、会社のいうところの本件勤務変更にあたる。なお航務課職員は、被控訴人らのグループにかかわるスケジユールが右のとおり変更される理由についてはとくに説明しなかつた(原審被控訴人本人第一二回八七から九〇項、同一三回三七から五一項)。

2 被控訴人は、航務課職員の右指示に対し、「組合は了解しているんでしようか」と質問した。航務課職員は、「どうして、そんなことを聞くのか」と反問したので、被控訴人は、「当日の勤務変更は勤務協定違反になると思うので」あえて質問するのだと釈明した(原審、当審被控訴人本人尋問)。

これに対し、航務課職員が、「当然組合の了解も取りつけているはずだ」と答えたので、被控訴人は、(航務課職員のあて推量ではなく)実際に「組合が了解しているかどうかについて確認して下さい」と述べ、航務課職員が「羽田の方から電話をさせればいいのかな」とたずねたのに対して、そのとおりである旨述べた(甲第二七号証、原審、当審被控訴人本人尋問)。

右のやりとりの内容は要するに、本件業務命令を発するについて組合の了解を与えているか否かについて被控訴人が単に質問を発し、大阪空港支店航務課職員は、組合が了解しているとは思うが念のために確認してみよう(確認した旨の連絡を「羽田」すなわち本社の客室乗員部からあらためて連絡させよう)ということを約した、というものであつて、それ以上のものではなく、もとより業務命令を拒否したとか、業務命令に服するについて条件を付した、というような性質のものではない。

3 ところで被控訴人が、本件の如く、当日になつてのスケジユール変更を内容とする業務命令につき、組合の了解が当然必要な筈だと考えたわけは、本件の約一カ月前に組合の池田執行委員から、指導を受けていたからである。すなわち、昭和五四年一〇月二〇日頃、同僚の高杉アシスタントパーサーがスタンドバイ開始時刻よりも早い便への乗務を前夜半になつて指示されるという体験をし、この指示を撤回させるについて非常に苦労したという話を聞かされた被控訴人は、この種の指示についてどのように対処すべきかということについて教示を受けるため、同月下旬組合事務所を訪れ、池田執行委員から、「当日になつてからの勤務変更を会社が一方的に行うということは組合としては認めていないので、もしあなたにそういうふうなことが起こつたならば、組合に連絡をして相談をしなさい」という教示を受けた(原審被控訴人本人尋問)。

本件「勤務変更」に対する被控訴人の対応は、右の組合役員からの教示を念頭に置いた行動であつた。控訴人代理人は、被控訴人の対応が、つぎの二点において組合役員の教示内容と矛盾するとして、原審及び当審の反対尋問において被控訴人本人を非難し、ひいては、航務課職員への対応に関する被控訴人本人の供述が虚偽であるかのように印象づけようとした。すなわち、<1>組合役員の教示したところは、被控訴人自身が組合に連絡せよ、ということである筈なのに、被控訴人自身から組合本部に連絡をとろうとしなかつたではないか、<2>組合役員の教示内容は「組合は当日になつてからの勤務変更は認めていない」ということである筈なのに、その組合が「了解する」ことを想定するのはおかしいではないか、というのがそれである(原審、当審被控訴人本人尋問)。しかし、これらの非難はいずれも、いいがかりというほかはない。すなわち、<1>について言えば、大阪空港支店航務課職員が、すでに「組合の了解を得ている筈だ」と言い、そのことの確認を羽田からさせることを約しているのであるから、まずは会社側にその確認をさせ、被控訴人自身から直接に組合本部に連絡することを差し控えたことは極めて自然なことであり、何ら異とするに足りない(原審、当審被控訴人本人尋問)。また、<2>について言えば、組合が認めていないのは、当日になつてからの「一方的」な勤務変更すなわち、労働者本人の同意なくそれを命ずることであり、この点を抜きにして一律に認めないと主張しているわけではないし、個々の組合員に同意しないよう指導しているわけではない(原審、当審被控訴人本人尋問)。

したがつて、労働者本人が同意して然るべきケースであるかどうか、あるいはなんらかの条件のもとならば同意して然るべきケースであるかという点についての組合としての意見は、まさにケース・バイ・ケースである。本件の場合、被控訴人が組合の意見を聞こうと考えた前提にはこのことがある。加えて、協力要請にしろ業務命令にしろ、組合員がそれにいかに対処するかについて組合に相談し、その意見を求めることは、組合員としての当然の権利である。被控訴人がこの権利を行使したとしても、それはあくまで会社の勤務変更指示に対する被控訴人の対処の仕方の決定のプロセスにすぎず、最終的な乗務拒否の意思表示とは異なるものである。原判決は、この点につき、やや控えめな表現であるが、「原告がその態度の決定を客乗組合の意思に委ねたことも、前記のとおり勤務協定覚書II四は、被告会社が客室乗務員に対して例外的にシヨウ・アツプ・タイム以前に出頭するよう指示できる場合でさえ、原則として事前に客乗組合にその理由を説明すべき旨定めているのであるから、これに照らすと、それ自体には格別の問題があるとはいえないと考えられる」と述べている。

4 大阪空港支店航務課の職員に対する被控訴人の対応の内容について、工証人は、被控訴人が「当日の勤務変更であるので、組合の了解がないと飛べない、というふうなことであつたというふうに聞いております」と証言しているが、右証言は、あくまでも伝聞によるものであり、同証人は、この旨を航務課の細川係長から聞いた、というのであるが、細川係長自身が被控訴人の電話の相手方であつたかどうかは定かでなく、しかも、細川係長の言は、同人なりの要約として工証人に伝えられたものであることを認めている。したがつて、被控訴人の質問に対し航務課職員の側から、「組合は了解している筈だ」と答え、また組合の了解の有無について確認を約したという事実が工証人に伝わつていなかつたとしても、そのことは被控訴人の供述及び同人が本件直後に作成したメモである甲第二七号証の信憑性を否定する資料にはなりえない。

二 水田先任チーフパーサーから被控訴人への電話、ならびに黒沢先任チーフパーサーから組合本部への電話について

1 被控訴人との電話の直後、おおむね一三時五〇分ころ、大阪空港支店航務課から、同支店客室乗員課(竹森チーフパーサー)への連絡と、本社客室乗員部(関河スケジユーラー)への連絡があい前後してなされた。前者、すなわち大阪空港支店客室乗員課への連絡内容は、被控訴人が勤務変更を拒否しているとか、勤務変更に難色を示している、というような話ではなく、単に「一五四便クルーが来ないので、飛行機が大幅に遅れる可能性がある」ということ、および「大阪の(客室)乗員課で何とか乗務員をアレンジできないか」ということであつた(工証人)。この連絡を端緒として、大阪空港支店客室乗員課では、後述四記載のとおり、札幌から五七二便で一三時二〇分に大阪基地に帰着した尾崎戦時チーフパーサーのグループを一五四便に起用するという方針を具体化することになる。

他方後者、すなわち本社客室乗員部に入つた連絡は関河スケジユーラーから、当日のE勤(七時から一五時三〇分までカバー)当直の水田先任チーフパーサーにまず伝えられ、水田先任チーフパーサーが被控訴人に直接電話する端緒となると共に、水田・被控訴人間の電話の最中にS勤(一四時から二二時三〇分までをカバー)当直として出勤してきた黒沢先任チーフパーサーに対しても、関河スケジユーラーから伝えられ、黒沢先任チーフパーサーが組合本部(安慶名副委員長)に電話をする端緒となつた。

したがつて、水田・被控訴人間の電話と黒沢・安慶名間の電話とは時間的に重なりあう部分があるわけである(水田証言参照)。

2 水田先任チーフパーサーから被控訴人に対する電話は一四時ころにあつた。電話の内容の最初の部分は水田の側からのスケジユール変更の理由の説明であつて、その要旨は「福岡でDC一〇が二機メンテになつた(整備を施さなければならなくなつたの意―引用者注)ので、あなたたちの今日のオリジナルのパターンが組めなくなつて、三一九、三二六便になつたけれども、そうなると、あなたたちが、(基地以外での滞在が―引用者注)四日目にはいつてしまうんで、そこのところを考えて、一五四便、一五三便、デツドヘツド一二八便に変わつた」というものであつた。これに対し、被控訴人は「事情は十分理解できますが、組合と話し合つて下さい。その結果において、私は組合の指示に従いたいと思います」と対応した。そのあと水田先任チーフパーサーが「乗務拒否するのか」とたずね、被控訴人が「そうではない、組合と話をしてほしい、と言つているのだ」と答える、「押し問答」が若干あり、また水田先任の指示を受けて被控訴人がとりあえず制服に着替えてつぎの連絡を待つことを約すやりとりがあつたのち、水田先任チーフパーサーは「わかつた」「組合に一応事情説明のために連絡してみよう」とのべて電話を切つたのであつた(甲第二八号証、原審被控訴人本人尋問)。

被控訴人との電話のやりとりの内容について、水田先任の作成にかかる乙第七号証が提出され、また同日のやりとりはこの記載のとおりである旨の包括的な水田証言がなされているが、乙第七号証の記載はあまりにも簡略であつて被控訴人の言葉を生のまま記載したものとは認めがたい。むしろ水田先任自身が、評価を加えこれが事の本質であると主観的に理解したところをそのまま記載したにすぎないと考えられる。

3 他方、右の水田・被控訴人間のやりとりと平行してなされた黒沢先任チーフパーサーと成田の組合事務所にいた安慶名副委員長との電話の内容の要点はつぎのとおりであつた。

まず、黒沢先任のほうから安慶名副委員長に対しDC一〇型機の故障に端を発する機材繰りに伴い、被控訴人の勤務変更をせざるを得なくなつた旨の事情説明があり、被控訴人が「当日の勤務変更については組合の了解を得てほしいということなので、ぜひ組合のほうから彼女に話して納得させてくれ」(安慶名証言)と申し入れた。これに対し安慶名副委員長は、一五四便以下のパターンを乗務すべき要員が、被控訴人らのグループ以外にはいないのか、という点を黒沢先任にたずねたところ、ほかに要員はいない、という返事であつた。そこで安慶名副委員長は、被控訴人らのグループが一五四便に乗務して成田まで来れば、成田には国際線スタンドバイ要員が多数確保されており、またこの要員が国内線に乗務する例もままあることに鑑み、下りの一五三便は成田の要員を乗務させることとし、被控訴人らのグループの乗務は上りの一五四便のみで打ち切るという案を提案した。この安慶名提案に対し、黒沢先任はそういうやり方は思いつかなかつた様子で「なるほど」と言つて検討を約し、その際「一二八便のデツドヘツドについては、座席が確保されていないんだ」と述べた(安慶名証言)。

安慶名副委員長の提案は、限られた時間と情報の中で、運航の維持と乗務員の労働条件の双方に配慮を加えた十分合理性のある提案であり、会社の云うような「取引」というレベルのものではない。現に一二八便はすでに座席数を上まわる予約を受けつけており、いわゆるオーバーセールの状態になつているため、予約済の乗客を排除してデツドヘツド乗務員の座席を、確保しなければならない、という状況にあつたわけで、安慶名提案に一理あるからこそ、黒沢先任も「なるほど」と言い検討を約したものである。今になつて会社が「組合から“取り引き”を申し出られた黒沢先任は著しい矛盾を感じながらも、とにかく乗務させなければ欠航になるという恐れと、組合がこのような取り引きを申し出てくるのは何か自分の知らない特別の事情があつたのかも知れないという配慮から、一応検討すると言つて電話を切つた」(水田証言)などというのはまことに見苦しい弁解といわなければならない。

以上のやりとりの結果、安慶名副委員長としては、黒沢先任が「検討してみる」と言つたことの実質的な意味あいを、安慶名提案を受け入れる意思があるものと理解したわけで(原審安慶名証言)、右やりとりの経過からすれば、安慶名副委員長がそのように理解することも十分首肯できるところである。

三 組合本部(安慶名副委員長)から被控訴人に対する電話

1 安慶名副委員長は、前述のとおり「一五四便に乗務すべき要員が被控訴人らのグループの外にはいない」という会社側の説明を前提として、事態に現実的に対処するとともに、スタンドバイ要員を多数要する成田においては、被控訴人らグループに乗務を継続させる必要性はなく、また成田において被控訴人らグループの勤務を打ち切れば、すでに予約客で満席になつている一二八便へ、被控訴人らを割り込ませて便乗させて東京へ戻す必要もなくなる、という実際的な効用をもたらす提案を会社側(黒沢先任)に対して行ない、その提案の現実性の故に、黒沢先任も事実上同意したと確信したのであつた。

しかしながら、右提案はあくまでも安慶名副委員長の一存によるものであつて、被控訴人ないしそのグループ自身の意思をたしかめた上での提案ではなかつたので、安慶名副委員長としては、会社側が「検討」する間に、被控訴人ないしそのグループ自身の意向を確認しておく必要があると考えて、大阪・東洋ホテルにある被控訴人にただちに電話を入れた。

被控訴人が安慶名副委員長から電話を受けたのは、水田・被控訴人間の電話のあと、被控訴人がホテル内の自室に戻つた直後であつた。被控訴人はその時刻を一四時二〇分ころ(原審被控訴人本人尋問)と記憶しているが、黒沢先任が安慶名副委員長と話をするために、一四時一五分頃電話を入れたときに、安慶名副委員長は話し中であつた(原審水田証言)という証言、および後述の尾崎グループ起用の件の連絡時刻などを総合すると、安慶名副委員長の被控訴人に対する電話は一四時一〇分から一五分までの間にかかつたものであると考えられる。

2 安慶名副委員長が、右の電話で被控訴人に対し最初に言つたことは「話は聞いた」という一言であつて、被控訴人はその一言で精神的緊張は解けたことを鮮明に記憶している。そして、安慶名副委員長は、続けて「話は聞いたけれども水田先任と話をして、今日あなたたちの取るパターンは一五四便で成田に行き成田でデユーテイオフになる。そのあと成田からチヤーターバスで羽田に来て終わり、ということで話はついたけれどもそれでいいか」と被控訴人に対して言つた(被控訴人の記憶している安慶名の右の言葉のうち「水田先任」とあるのは、客観的には黒沢先任のことであつて、この点については安慶名の言いちがいか、被控訴人の記憶ちがいがある。

被控訴人は、「私個人は、それでいいと思うけれども、ほかのASの意見なんかも聞きたいので、あとでコールバツクします」と答え、ただちに同室のAS(アシスタントパーサー)一名および隣室にいたAS二名を呼び寄せて安慶名からの話の内容を伝え、了解をとりつけ、すぐに、被控訴人のほうから了解の電話を安慶名副委員長に対して入れたわけである(甲第二八号証、原審被控訴人本人尋問、安慶名証言)。

被控訴人が安慶名副委員長からの電話を受けたのち「了解」のコールバツクをするまでのわずかの間(「五分もない」―原審被控訴人本人尋問)に事態が変わつていたことについては、次の四項でのべる。

3 控訴人は、被控訴人が当初「組合の指示に従う」と言いながら、安慶名副委員長からの電話、すなわち「組合の指示」があつたのに対して、被控訴人が更にASたちの意見を聞きたい、と対応したことを矛盾だと指摘するが、被控訴人がそのような対応をした理由は、グループ内の人の和を尊重したい、という素朴な考えに基づくものであつて、形式論理的な「矛盾」を言いたてるのはあたらない。

ともあれ、以上一ないし三の一連の経過を被控訴人本人の立場に即して客観的に見ると、<1>被控訴人は、まず大阪空港支店航務課職員に対し、本件勤務変更についての組合の了解の有無をたずね、了解済と思われるがなお確認のうえ連絡させる旨の返事を得、<2>水田先任チーフパーサーからの電話に対しても、組合と話し合つてほしいと述べ、連絡をしてみようとの返事を得、<3>その直後に入つた安慶名副委員長からの指示に対し、グループ内のメンバーの意向を確かめるために必要でかつ常識的には機を失しない範囲の時間内で了解の返事をしているわけである。そして、この間の全経過時間は結果的には約三五分前後であるが、その主たる部分は会社側が組合の了解をとりつけるのを躊躇したために経過した時間であると云うことができ、被控訴人の最初の対応から必然的に生じた時間の経過とはいうことが到底できない。

四 会社・組合間の二度目の連絡と事態の変化

1 被控訴人と電話で話している最中に黒沢先任チーフパーサーからの電話が入つたことを知つた安慶名副委員長は、被控訴人との電話を切つたあと、ただちに黒沢先任に電話を入れた。この電話で、被控訴人も了解しフライトの準備にかかつている旨を安慶名副委員長が告げたのに対し、黒沢先任は、さきに検討を約した件につき、デツドヘツド一二八便という一連の乗務をすべて遂行すべし、という会社側の方針は変わらない、というのであつた。

何故かような結論に至つたか被控訴人側では知る由もないが、会社の主張によれば「両先任にとつて、あとは組合と取り引きをするという、秩序を枉げて運航を維持する途を選ぶか、最悪の場合は欠航もあり得るとの覚悟で秩序を貫くか、二つに一つの途しか与えられていなかつた」「重大な決意ではあつたが相談は二分と要しなかつた。両先任は欠航覚悟で秩序を貫く途を選んだのである」(原審水田証言)とのことである。つまり安慶名副委員長の提案の具体的妥当性は全く検討もせず、ただ「組合との取り引き」という観点でのみ事を判断しているわけである。そしてその結論たるや運航維持よりも労働組合の提案をハネつけることを優先させようというのである。この硬直した姿勢、運航・安全・サービスを犠牲にしてでも客乗組合と対決しようとする労務姿勢に、本件の本質を見ることができる。

安慶名副委員長と黒沢先任との押問答の途中、電話は黒沢先任から、水田先任に交代し、さらに同趣旨の押問答がつづいたが、話の途中で水田先任は「今、大阪から電話が入つて、いらなくなつた」と言つた。すなわち、一五四便には別のグループが乗務したから、被控訴人らのグループの起用は不要になつた、これ以上被控訴人らのグループの勤務内容につき折衝をつづける必要がなくなつた、というのである(安慶名証言)。

そもそも、さきに黒沢先任が組合の協力を求めてきた前提には、「一五四便を乗務すべき要員は被控訴人のグループ以外にない」ということであつた筈なのに「他にも要員がいた」という話の内容に不審を抱いた安慶名副委員長は、その点を水田先任にただしたが、水田先任は「詳しい話は言えないが、とにかく飛行機は出発したんだ」というのみであつた。その後水田先任は「被控訴人が一五四便への乗務を拒否したのだから、ほかの乗務員を使わざるを得なかつた」と主張し、これに対し安慶名副委員長は「会社と組合の交渉の途中で、会社が一存で他の乗務員の起用を決めたのだから、被控訴人の対応を乗務拒否と決めつけるのはあたらない」旨主張し、更に水田先任がこの件につき出す報告書の中で、被控訴人の「乗務拒否」にあたるという意見を付け加えないよう要請した。安慶名副委員長の右要請に対し水田先任チーフパーサーは「わかつた」と答えた(安慶名証言)。

この直後に、被控訴人は安慶名副委員長に対し電話を入れ、「みんな、いいと言つていますので、一五四便にこれから乗務したいと思います」と伝えたが、安慶名副委員長から事情の変更を告げられ、「会社がほかのクルーを使つて一五四便を飛ばしてしまつたので、あなたたちの乗る便がないから、多分今日は東京へデツドヘツドバツクだけになると思うけれども、その具体的な指示については、会社からあると思うから、その指示を待ちなさい」といわれた。また、今回のことは被控訴人の乗務拒否にあたらない、ということについては水田先任とも話がついているから、あとで問題になつたときのために、はつきり覚えておくように、と指示された(原審被控訴人本人尋問)。

2 会社・組合間の前記二度目の電話の途中において「事態の変化」をもたらした「別のグループ」の起用は、本社客室乗員部レベルの組合本部ないし被控訴人本人とのやりとりは直接かかわりなく、大阪空港支店サイドで具体化がすすめられていたものであつた。この点は当事者間に争いがない。

前述のとおり、大阪空港支店航務課から、(背景の説明ぬきに)一五四便に乗務すべきクルーを大阪空港支店の客室乗員課で「何とかアレンジできないか」という申し入れを受けた(工証言)同客室乗員課の竹森チーフパーサーは、折から一三時二〇分に札幌から到着し、乗務終了時のブリーフイングを終えた直後の尾崎戦時チーフパーサーに、ひきつづき一五四便へ乗務することを要請し、同チーフパーサー以下のクルーの同意を得た。竹森チーフパーサーが尾崎チーフパーサーに要請し、そのグループの同意を得たのは一三時五〇分から一四時ころまでの間であつた(工証言)。

工証人によれば、一五四便に尾崎グループを乗務させることにつき、大阪から本社客室乗員部に電話により了承を求めたところ、客室乗員部は「それじや、それで行つてくれ」とただちにこれを了承し、右客室乗員部の了承を前提として、大阪空港支店航務課が尾崎グループに一五四便への乗務を命じたのが一四時前後のことであつた、というのである(工証言)。

尾崎グループが一五四便の機材に乗りこんだのが一四時一〇分ころ、旅客の搭乗開始が一四時一五分ころ、同便が実際に出発したのが一四時三三分であつた。右の時間的経過は、工証言とよく符合している。工証言によれば、一五四便の出発見込時刻が決まつた段階ではもう一度羽田へ連絡している(第八回九六項)というのであるが、これが水田・安慶名間の電話の最中における大阪からの連絡にあたるものであろう。

ことの経過が工証言のとおりであつたとすれば、水田先任が被控訴人と電話でやりとりをしたり、黒沢先任が安慶名副委員長と電話で最初のやりとりをしている時刻において、すでに一五四便への尾崎グループの起用は本人らの同意も得て正式に決定されていたことになる。

3 ところが、本社客室乗員部のスケジユーラーである関河真克の証言によれば、大阪空港支店から、一五四便には尾崎グループを起用することとしたい旨の「意見具申」が最初にあつたのは、一四時前後のことで、これに対し本社客室乗員部としては「それはやめたほうがいい」という返事をしている、というのである。

そして、更にその約一〇分後、一四時一〇分頃にも大阪空港支店から重ねて「今、現実に飛ぶという乗務員がいるので、この乗務員で一五四便を運航したい」という「意見具申」があつたのに対し、「最終的な結論が出るまで、もう少し待つてくれ」といつて、了解するのを保留していた、というのである。

最終的には一四時二〇分前後に至り、三度目の「意見具申」が大阪から入り、それに対し、これ以上遅らせるわけにはいかない、という判断に基づき、大阪の乗務員を使うことに決した、というのが関河証言の要点であつた(関河証言)。

右関河証人より後に証言した工証人は、この点に関し、被控訴人代理人が特に念を押して、「二度も三度も電話をかけて、最初はそれはまずいんじやないか、とか、もう少し待つてくれとかいろんなやりとりがあつて、まあ三回目くらいにやむなく了承した、というような経過とは違いますか」とたずねたのに対して、「そうじやないと思いますね」と答え、「一発で羽田もオーケーしたということですか」と重ねてたずねたのに対しても、「ええ、そうだと思います」と答えている(工証言)。

また、関河証言は、水田証言とも矛盾している。水田証言によれば、水田先任は安慶名副委員長の電話の最中に、関河スケジユーラーから「大阪でオーケーになつた」旨のメモを回された、というのであるが、このメモの前提になつた連絡以前には、大阪としての独自の「用意ができたけれどもどうだろうか、というような意見具申は、全くなかつた」と言い切つている(水田証言)。

4 要するに、事の経過が工証人の云うとおりであるとすれば、一五四便に被控訴人らのグループが乗務する余地がなくなつたということは、少なくとも水田先任と被控訴人との電話の段階以降の、被控訴人自身ないし組合との対応とは一切関係のない出来事ということになり、また仮に事の経過が関河証人の云うとおりであるとすれば、会社側は、すでに他のグループを起用して一五四便を飛ばすことが客観的に可能になつたのちも、被控訴人らのグループに対する本件勤務変更に固執しつづけたことを意味する。いずれにしても、結果的に被控訴人らのグループが一五四便に乗務しなかつたことと被控訴人の勤務変更に対する対処の間に因果関係はなかつたのである。

なお、尾崎グループは一五四便のみを乗務し、一五三便に便乗して大阪基地に戻つたわけであるが、この下り一五三便に乗務したのは成田基地所属の国際線スタンドバイ要員である。このことはひるがえつて考えれば、本件勤務変更の大前提となつた三二六便(福岡―大阪)を乗務するためクルーを成田のスタンドバイ要員の起用によつて確保することが本件当日において客観的に可能であつたことを示している(関河証言)。

五 本件各処分ならびに被処分事実の公表行為の存在

1 「業務管理上の処分」としての資格制限処分

会社は右一連の経過の中の被控訴人の行為を乗務拒否すなわち業務命令に対する不服従ととらえ、まず次の内容の「業務管理上の処分」を行つた。

すなわち、昭和五四年一二月五日開催された「客室乗務員資格審議委員会」の決定として、同月一三日付で「業務管理上の処分として、昭和五四年一二月二〇日から昭和五五年二月一九日までの二カ月間、あなたの国内線パーサーとしての資格に次のとおり制限を付し国内線パーサーとしての資格不十分な点を体験的に自省を求めることとする。

(1) 国内線アシスタントパーサーとして勤務せしめる。

(2) 賃金の取扱いはパーサーの下位職代行時と同じとする。」

旨の処分を被控訴人に対し行つた。

(なお被控訴人が再審議申立を行つたのに対し会社は原処分を維持する旨の決定を一二月二九日付でおこなつたが、同決定にともない、被控訴人の資格制限期間は「昭和五四年一二月三〇日から昭和五五年二月二九日までの二カ月間」に変更された)

右「処分」の理由とするところは、被控訴人の行為が、

「(1) 会社の業務命令に対して自己の正当でない判断規準を優先させてこれに服さなかつたことは日本航空職員たる国内線パーサーとして基本的な認識の欠如である。

(2) 先任客室乗務員として部下を指揮し業務を完遂すべき立場にありながら自己の誤つた判断により部下をも含めて乗務不就労という事態を招来し、その結果社内関係部門に無用の混乱を生ぜしめたことは国内線パーサーとしての自己の責任と権限に関する認識に重大な欠落がある。

以上の理由によりあなたは、国内線パーサーの資格要件たる判断、指導、統率、規律責任感等に不十分な面がある。」

と評価されるに価するから、というものである。

右処分の存在および理由について当事者間に争いがない。

2 懲戒処分の存在

更に会社は昭和五五年一月一六日開催された表彰懲戒委員会の議決を経て、同年三月三日付で被控訴人に対し、減給の懲戒処分を行つた(被控訴人は、右議決についても、二月一三日付で異議申立を行つたが、表彰懲戒委員会は三月三日付で、その議決を維持する旨の決定をした)。就業規則第五九条一項二号の規程により、減給処分の内容は「一回につき平均賃金の一日分の半額をその決定の翌月払の賃金から減額し将来を戒める」ものと定型化されている。右減給処分は三月度賃金支払日(三月二五日)に執行された。

右懲戒処分の理由は、前記「業務管理上の処分」の理由と同一であり、これが就業規則第五七条一項A号(正当な理由なく、業務上の指示または命令に従わないとき)およびB号(正当な理由なく就労しないとき)に該当する、というのである。

なお客室乗務員の賃金の基本部分は基本賃金と乗務手当とからなり、基本賃金についての定期昇給の幅は成績査定にもとづき一号俸から五号俸までのひらきがあつて、三号俸昇給を標準とするところ、懲戒処分を受けた者については(「情状酌量」の余地なき限り原則として)標準昇給を期待しえぬ旨の定めが、会社の賃金規程に存在し、現に被控訴人は昭和五五年四月一日の昇給時に二号俸昇給にとどめられた。

3 被処分事実等の公表行為の存在

会社は前記昭和五四年一二月五日付「業務管理上の処分」の後から、昭和五五年三月三日付懲戒処分のころにかけて、左のようにして本件を社内に周知させた。

(1) 「機内サービス速報」による周知

会社は客室乗員部編集にかかる昭和五四年一二月二一日付「機内サービス速報」の中で本件に触れ、「注意」との表題のもとに、機材故障が原因で当日の乗務パターンの変更措置を先任客室乗務員を勤めていた某パーサーに指示したところ、勤務協定違反であり組合の了解がなければ応じられないと主張し、結果として乗務しなかつた、と本件を紹介したのち、「かかる言動は、誤つた権利主張にとらわれるあまり、会社職員として基本的に備えていなければならない職務遂行義務に対する認識を欠くものであり、特に先任客室乗務員という立場にある者の言動としてその与える影響も大きく、極めて遺憾なこと」と評価した。

「機内サービス速報」は従来パーサー以上の客室乗務員に定期的に配布される一種の社内報のようなものであるが、本号に限り客室乗務員全員に配布された。

(2) 社内掲示による周知

会社は昭和五四年一二月一三日から羽田・成田等の空港内にある業務連絡用掲示板に客室管理部長、客室乗員部長連名で「注意」と題する文書を掲示した。その中では、当日の勤務割変更指示について先任客室乗務員の誤つた判断が行なわれた結果、業務に支障をきたしたケースが何件か報告されているとして、当日の勤務割変更は会社が業務命令として当然できること、業務命令についての組合の了解は不要であることの二点をあらためて留意されたいとしている。

右掲示板は業務上の必要連絡事項が提示されるため、シヨウ・アツプした客室乗務員全員が必ずこれに目を通すものである。

(3) 「翼とともに」による周知

会社は勤労部編集にかかる昭和五五年二月二〇日付「翼とともに」の中で、重ねて本件に触れ、「Sパーサー」の言動は職場に大きな混乱をもたらした。「Sパーサー」の言動は業務命令拒否にあたると指摘した。

この刊行物は会社の全社員に配布されたものである。

(4) なお、客室乗員部のカウンター上には毎日「デイリー・スケジユール」が置かれる。この「デイリー・スケジユール」とは便単位に一緒に乗務する客室乗務員の氏名が職級別に表示され、当日飛行する全便についてこれが一覧できるよう表示するものであるが、下位職代行を命じられた乗務員は命じられた下位の職級欄に記載されるとともに、氏名の後に本来の職級が括弧書きで表示される。

被控訴人に関して言えば、昭和五四年一二月三〇日以降昭和五五年二月二九日までの期間のすべての「デイリー・スケジユール」上、AS欄に「佐藤賀子(PS)」と表示された(すなわちパーサーたる佐藤賀子にアシスタントパーサーとしての勤務を命じた、という趣旨である)。前述のとおり一般に下位職代行は人員繰りのため、下位職の確保が困難な場合やむをえず命じられるもので、特定の者が継続的に命じられるということは稀であるため、被控訴人の場合のように二カ月も連続して右のような表示が「デイリー・スケジユール」上なされることも従つて、まれなことである。

以上(1)ないし(4)の事実の存在についても、当事者間に争いがない。

第四本件の法律上の争点

一 控訴人の被控訴人に対する「資格制限処分」及び「懲戒処分」は、いずれも被控訴人が業務指示を拒否し乗務しなかつたことを理由とするものである(甲第三号証の一、同四号証の四)。従つて、右各処分が有効とされるための大前提としての会社の業務指示が有効に被控訴人を拘束するということが論証されなければならない。

二 ところで右の点につき、会社は、本件の審理に際して、終始「勤務協定ないし労使慣行が勤務変更を禁止する定めであるかないしは禁止する趣旨に解されるべきものであるかという点こそが重要なポイント」であると主張して、裁判所をミス・リードしようと努めてきたが、その誤りは明白である。もしある事項が、協定上禁止されていると解されるべきものとなれば、たとえ乗務員の同意を得ても、会社はその事項を実施することは許されないことになる。例えば、勤務協定五―一―一は乗務時間九時間・勤務時間一三時間を超えて予定することを禁止している。従つて会社はたとえ乗務員の個別の同意を得ても、九時間・一三時間を超える予定時間の乗務に就かせることはできない。これと同じように、勤務変更が協定上禁止されていると解されるべきものとなれば、たとえ乗務員の同意を得ても、会社は勤務変更をできないことになる。しかしこのような主張は、被控訴人も又被控訴人の所属する客室乗務員組合(以下「組合」ともいう。)もしていない。乗務員の同意を得ずに会社が一方的に勤務変更を命令することはできないと主張しているのである。

使用者の業務の指示には三つの範疇がある。その一は会社が一方的に命令として為しうるものであり、その二は労働者の同意を得て為しうるものであり、その三は労働者の同意を得ても為しえないものである。たとえば、労働契約上職務を限定されている労働者にその業務以外の職務を指示するのはその二の場合であり、労基法や労働協約上禁止されている業務を指示するのはその三の場合である。三六協定がある場合の残業指示についてはその一の場合かその二の場合かについて争いがある。本件の場合、勤務変更指示がその一の場合であるとするのが会社の主張であり、その二の場合であるとするのが被控訴人・組合の主張である。この点をきちんと整理して理解すれば、本件の重要なポイントが、原判決も立つたように、勤務協定ないし労使慣行に、勤務変更を会社が一方的に命ずる根拠があるか否かにあるという理解に立つことになるのである。

三 本件業務指示の特徴は言うまでもなく、「当日」、「休養時間」に、「勤務開始時刻の繰り上げ」を指示している点にある。しかも本件業務指示は勤務終了時刻も繰り下げ、勤務時間の延長ももたらしているのである。会社はこれらの点に着目して論ずるのは事の本質を的確に把握検討するものではないとし、その根拠として「勤務変更により勤務開始の時刻が繰り上げられたからといつて当然に当日の勤務時間が延長されることになるとは限らないのみならず、仮に勤務時間の延長をもたらすとしても、変則勤務形態であるから総体の勤務時間制限の枠内にある限り何らの問題も生じない。」と言う。これは驚くべき誤解である。

まず当日の勤務時間が延長されなくても勤務時間帯を動かすことは、始業・終業時刻の明示・特定を義務づけた労働基準法(八九条一項一号)に照らし当然問題が発生する。しかも勤務時間の延長をもたらすとなればさらに問題となる。

会社のいう「変則勤務形態」とは労基法三二条二項のいわゆる変形労働時間制を言うのであろうか。しかし変形労働時間制をとるためには必ず就業規則にこれを定めなければならないし、そこには予め八時間を超えて労働させる日を具体的に特定しておかなければならない(あらかじめ特定しなくても、結果として総労働時間規制のワク内にあればよい、というのは、労基法施行規則二六条の規定する「予備勤務」者、すなわちスタンドバイ要員の場合だけである)。会社はこうした要件を具備していない。もし仮に変形労働時間制をとつていると言えるとしても、今度は逆に「一週四八時間の範囲内であつても使用者が業務の都合によつて任意に労働時間を変更する如き場合には本条第二項は適用されない」(昭和二三・七・一五基発第一六九〇号)とされていることとの関係上、会社は任意に勤務変更をできないことになるのである。

四 労働時間制度の弾力化(変形労働時間制導入要件の緩和、フレツクスタイム制の公認等)などをポイントとしてなされた最近の労働基準法の改正(昭和六二年法律九九号)をうけて、労働省の発した基本通達(昭和六三年一月一日付基発第一号「改正労働基準法の施行について」)においても、当然のことながら「変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、変形期間を平均し、週四六時間の範囲内であつても使用者が業務の都合によつて任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」「なお法第八九条第一項は、就業規則で始業及び終業の時刻を定めることと規定しているので、就業規則においては、各日の労働時間の長さだけではなく、始業及び終業の時刻も定める必要がある」と説明して、会社の考えるような「変則勤務」が非合法であることを明らかにしている。

また、今回の労働基準法改正により導入された一週間単位の変形労働時間(同法三二条の五)は、「日ごとの業務に著しい繁閑が生じることが多く、かつ、その繁閑が定型的に定まつていない場合に」「就業規則その他これに準ずるものによりあらかじめ特定することなく、一日の労働時間を一〇時間まで延長することを認め」た(前記労働省通達)ものであるが、その場合でも「一週間の各日の労働者の労働時間を、あらかじめ、当該労働者に通知しなければならない」むろん、その通知にいう「労働時間は単に時間数でなく、始業・終業時刻、休憩時間を特定することになる」(日経連事務局編「改正労働基準法早わかり」八一頁)そして緊急やむを得ない事由によりあらかじめ通知した労働時間を変更しようとする場合でも、その前日までに書面で通知しなければならない(省令第一二条の五)とされている。つまり労働時間の特定を最も緩和させた一週間単位の変形労働時間でさえ、当日になつての始業・終業時刻を含む労働時間の変更を許していないのである。

今回の労働基準法改正により、あらかじめ特定した始業・終業時刻を使用者が一方的に変更できないとする労働基準法の考え方はより明確になつたのである。

第五勤務協定は、一方的勤務変更権の根拠たりえない

会社は、会社・組合間の勤務協定の中に勤務割の変更を予定した規定がいくつか存在することを指摘し、このことが会社による勤務変更命令権の根拠になりうると主張しているが、この点については原判決がすべて排斥したところであり、原判決の指摘は間然するところがない。

要するに、会社の援用せんとする勤務協定上の規定はいずれも、勤務の変更(それは会社と労働者との合意によつてなされうる)を予定したものではあつても、会社による一方的な勤務変更命令権を規定したもの、又はかかる権利の存在を予定したものではないのである。

以下、念のため分説する。

一 協定付属覚書II4について

同条は、労働者を会社に出頭させた後に従事させるべき「勤務の内容」それ自体に変更があつて、くりあげ出頭を命ずる場合を規定したものではないが、「勤務の時間・時期」を変更し勤務開始時刻をくり上げて出頭を命ずる点で本件業務指示と共通性を有することは明らかである。その意味で勤務変更一般について規定のない勤務協定を解する上で右条項は大きな手がかりになるものである。

会社は同条は「会社の権限に何らの制約も加えられていない」とするが、同条は「下記の手続をとる事により」早出を命じうるとしており、その手続として、事前の組合への通告・説明、休養施設の手配、勤務日・離日日数の扱いの変更等を会社に義務づけている。これは明らかに早出命令に一定の制約を加えているものである。「天災、治安上の理由による交通遮断」など会社の意思によつて左右しえない客観的事由がある場合にも、勤務協定は早出を命ずるにつきこのような制約を規定しているのであるから、勤務内容の変更(それ自体は会社の意思で決定しうる)にともなう早出命令は無制約であるとする趣旨を含むわけがない。

二 覚書I二六について

右条項が欠員乗務を命じうる例外的場合について規定していることは一見して明らかである。原則として欠員があれば乗務させることはできず、補充をすべきことも右条項から十分読みとることができる。しかしそれ以上に、右条項が、起用される交代要員の側の乗務員に、その交代措置に応ずべきことを義務づけたものとみることは明らかに無理がある。原判決が「欠員が生じた場合には、まずもつて、乗務員交替による補充の措置が講じられるべきことは当然その前提となつてはいるが、それ以上に、その乗務員交替の措置の具体的方法まで明らかにしたものではなく、控訴人会社が予定外の者に対して一方的に勤務変更を指示し、欠員補充を命じ得るか否かについては、この規定からは断定できない。」と述べたのは当然のことである。「乗務員交替の措置」が会社の勤務変更命令によつてしか実現できないというのならともかく、スタンドバイ起用、協力要請等交代措置の方法は他にもある以上、その文言から直ちに会社の権限を読みとることは明らかに飛躍している(原判決のいうとおり、右条項中には、「乗務員交替の措置の具体的方法」はなんら規定されていないのである)。

仮に百歩譲つて会社の主張のように本条項を読むのであれば、あくまでも欠員補充のための勤務変更については会社に権限があると読むだけであつて、勤務変更一般について会社に権限があると読むことはできないはずである。

三 協定本文五―八―一について

右条項についての会社の主張は文言の強引な読みかえを前提とするもので、原判決の明解な判示をくつがえすに足りない。

1 同条は休養時間として一二時間を与えなければならないという大原則を定めたもので、その原則からすれば何らかの事情でそれが一二時間を切るような事態が発生した場合には交代要員をあてるべきことになる。しかし乗務員宿泊予定地においてかかる事態が発生し、かつ次の二つの場合には八時間以上の休養時間をとつた乗務員を乗務させても右大原則違反とはみなされないという例外を設けたものである。

その一は、(a)項の、宿泊地への到着便の遅延が原因となつて休養時間の開始が遅れたため一二時間の休養をとれなかつた場合である。

その二は、(b)項の、それ以外の事由によつて一二時間の休養がとれなかつた場合で、本来交代要員をあてる即ち乗務員交代の措置を講ずべきところ、それが不測の事態によつてできない場合である。

2 ところで会社は、原判決が(b)項のそれ以外の事由の例として空港と休養施設との間の道路渋滞で休養時間の開始が遅れた場合をあげていることを誤りとして、「休養時間」開始時刻は一定であつて道路渋滞によつて開始が遅れることはないという。つまり自動車の中にいても片道三〇分(東京では六〇分)が過ぎれば、そこから休養時間がはじまつているというわけである。これは全くナンセンスである。

協定一―七の明文にあるとおり休養時間は休養施設に「到着したとき」からはじまるのである。協定五―一〇―一(2)は、空港と休養施設間の地上輸送時間は片道三〇分(ないし六〇分)としているが、これは勤務割を作成するにあたつての基準である。実際に休養もとれていないのに、三〇分たてば自動的に休養時間がはじまつているなどという定めは本来考えられない。

協定五―一〇―一(3)は、勤務終了時をブロツクインからの時間で定めているが、これも右と同様に、勤務割作成にあたつての計算基準である。もし会社の主張のようにこれも全くのみなし規定と解すると、ブロツクインの後何らかの事情で右勤務終了時を超えて何時間働いたとしても、それ以後は勤務時間としてカウントしないということになる。そして実際には働いても途中で勤務時間は終了して地上輸送時間が始まり、甚だしきは休養時間まで始まつてしまうことになるのである。これは言わばサービス残業を強いるもので、勤務協定にそのような定めがあるはずがない。このような場合、勤務時間は実就労時間に従つて計算され、休養時間の開始は遅れることになりその後は協定五―八―一(b)項により処理されるのである。

3 さて、会社は(b)項の「不測の事態により乗務員交替の措置を講じられない場合」を「不測の事態の発生により乗務員交替の措置を講ずべきであるにもかかわらずその措置が講じられない場合」と読み替え、さらにそこから「不測の事態の発生により乗務員交替の措置を講ずべき場合」なるものを想定して、これがスケジユールが繰り上がる場合だという。これはトリツクである。右条項で考えられる乗務員交替の措置を講ずべき場合とは、休養時間が一二時間を切る場合のことであつて、それ以外のケースを本条項から引き出すのは無理である。本条項を正しく読み替えるとすれば、「休養時間が一二時間を切り乗務員交替の措置を講ずべきであるにもかかわらず、不測の事態の発生によりその措置が講じられない場合」とすべきである。

ところが会社は同条項が「休養時間が一二時間を切つた場合乗務員交替の措置を講じなければならない」ことを定めているのに、これを「スケジユールの繰り上げに伴う乗務員交替の措置を講じうる(すなわち勤務変更を指示しうる)こと」を定めたものと主張しているわけである。これは本来会社の義務を定めた趣旨を、権限を定めた趣旨に読み替えるものであつて明らかに無理な解釈である。

四 同六―二―二について

同条のうち「乗務員交替」がいかなる内容の交替をいうものか勤務協定上は特定されていない。これを指摘したのが、原判決の「予定外の者といかなる根拠及び手続きによつて交替するのかは明らかでない。」との判示である。原判決がいわんとしているのは、右文言からは会社が一方的に勤務変更を行う権限を読みとることはできないということである。これに対し、「できるだけ当初のスケジユールに近い形で運航を維持するのが、定期運送業務を行う会社の責務であ」ることをたてにとり、それに必要だから勤務変更権が認められるべきだという批判が的はずれであることは後述するとおりである。

五 同五―五、六―二―五、六―四について

右条項を読めば、原判決が「これらは、いずれも客室乗務員の勤務条件についての規定であつて、勤務条件維持などのために勤務の変更をすることを前提としたものであることが認められるが、勤務変更の具体的方法については規定しておらず、控訴人会社がこれを一方的に命じ得ることを前提としているか否かについては明らかでない。」と指摘していることが正当であることは容易に理解されよう。「勤務変更の具体的方法」について規定がないとの判示の趣旨については前に述べたとおりであつて会社の批判はあたらない。

なお会社は組合の「五―五」に関する解釈運用基準(乙第一六号証)をとり上げてそこに交代資格を有する乗務員として休養時間をとつたもの、勤務・乗務時間制限を超えないもの、スタンドバイの者があげていることをとらえ、これらのものは交代に応ずべき義務があるかのようにいう。本来その為の要員であるスタンドバイの者を除けば、それらの者は交代の資格を有する者、交代の可能な者としてあげられているにすぎず、積極的に応諾が義務づけられているわけではない。まして交代資格を有する乗務員がいてその者が乗務を拒否した場合について規定がないからといつて、拒否することができず応諾義務があるなどというのは全くの飛躍にすぎるものである。

第六勤務内容指定権は就業時間および時間帯変更権を含むものではない

一 さすがに会社も「通常の勤務形態にある労働者の場合」とことわりながら、一般論として「労働協約とか就業規則において始業・終業時刻を明示されており、その定めは労働条件を定めたものとされているから、これを変更するためには、業務の都合上必要ある場合には変更しうる旨の根拠規定にもとづいて個別的に変更するか、もしくは就業規則の改訂手続きをとつて一般的に変更する外なく、このような根拠規定を欠くかもしくは手続をとらないまま一方的に変更することはできないと解される」ことを認めている。そして「客室乗務員の場合も同様に解されなければならないかのようにも見える。」とも述べている。当然、一般論として右のように解される以上客室乗務員について例外とするならば、その根拠を主張・立証しなければならない。

二 ところが、会社の主張を見ると、その根拠を業務命令一般論に求めようとしている。即ち、勤務内容の指定が勤務・乗務時間の特定と一体となつている以上、勤務内容を業務指揮権によつて自由に指示変更できる会社は、同時に勤務・乗務時刻の変更もできるというのである。しかしこれはあまりにも乱暴な議論である。

確かに「いかなる内容の」労務を提供すべきかは、労働契約の趣旨ないし特約に反しない限り使用者が労務指揮権により決定できるものである。しかし労働者が「いつ」労務を提供すべきかは全く別の問題である。本来、労務の時間・時期は、労働力の売買条件即ち労働条件にかかわるものであつて、使用者が自由に決定・変更できる性質のものではない。仮に労使間の合意で、使用者が「いつ」労務を提供するかを一方的に決定・変更できるととりきめたとしても、それは奴隷労働の契約にも類するものであつて、公序良俗に反し無効と解されるべきである(安西愈「新しい労使関係のための労働時間・休日・休暇の法律実務」二三頁はこれを明言する)。

しかも会社の主張でいけば、使用者が業務指示の出し方を「工夫」するだけで、始業・終業時刻を自由に変更・決定できることになつてしまう。例えば、会社の航空機整備にたずさわる労働者は定時勤務であるが、これに対し○○便を整備せよと業務指示し、○○便到着の何分前を始業、整備終了後何分後を終業としたとしよう。こうすれば○○便の遅延等の事情により、又他の便の整備に勤務変更することにより使用者は始業・終業時刻の変更をいかようにもできることになるのである。

始業・終業時刻の変更の法理は、ことが労働条件にかかわるものである以上、使用者の業務指示の出し方により左右されるべき問題ではないのである。

三 会社は客室乗務員の勤務時間は予め特定されるものではないから、あらかじめ就業規則等で特定されている労働者とことなる扱いがされるともいう。しかし客室乗務員の勤務時間は前月二五日の勤務割表により特定されているのである。協定三―一によると、勤務割表は「勤務の種類及び休日を明示」することになつており、たんに業務の内容だけを指示するものなのではない。逆にそうでなければ始業・終業時刻を求めた労働基準法に会社は明らかに反することになる。航空業界がこの労基法の制限を免れるものでないことは、昭和五七年二月の東京・千葉の労働基準局の見解を待つまでもなく当然のことである。逆に言えば会社の立論は客室乗務員については始業・終業時刻の明示・特定をしなくてもよいことにならない限り成り立ちえないものである。

四 結局、会社の主張は客室乗務員の勤務の特殊性から、業務の必要上会社の一方的命令により勤務・乗務時間の変更をしなければならないということに帰結するものである。しかし会社に必要性があるから直ちにそれが会社の権限となるわけではないことは自明のことであろう。

かつ、勤務変更について、一般的に会社がこれを一方的に命じえない、協力要請にとどまると解したところで会社の業務に具体的な不都合が発生するわけではない。原判決も指摘した客室乗務員の「高い職業意識」からすればすべての勤務変更を客室乗務員が一律に拒否するなどという事態は到底考えられないし、信義則に照らして個別事案の処理を考えれば足りることである。

五 控訴人は一ケ月ごとに行なわれる勤務内容の指定、従つて勤務時間の特定が会社の自由裁量に委ねられていることをあげて、勤務時間の変更を命じうる根拠とする。

確かに現行制度のもとでは一ケ月ごとの勤務時間の特定は会社が一方的に行うことになつている。それは、あらかじめ客室乗務員の年間の勤務時間を特定することは不可能であるため、労働協約・就業規則にその定めを置かず会社に一ケ月ごとに特定する権限を与えたものであるが、一方で前月二五日までには特定をしなければならないとすることによつて、労基法上求められる始業・終業時刻の明示特定を充たそうとしたものである。従つて右の限度においては客室乗務員は勤務時間の特定を会社に委ねてはいても、勤務時間は、「通常の勤務形態にある労働者の場合」の労働協約・就業規則において明示特定された勤務時間(即ち始業・終業時刻)にあたるものであり、それは労働条件を定めたものとして一方的に変更することができないことになるのである。当初の勤務時間の特定が会社の権限とされながら、その変更については制約されるというのは別に奇異なことではない。

始業・終業時刻の明示特定が意味を持つのは、それが使用者によつて一方的に変更されることがないからであり、後に一方的に変更することができるのは、あらかじめ明示特定しておくことに何の意味もないことになる。客室乗務員の場合も同様で、前月二五日に前記の意味で勤務時間を明示特定しても、後に会社の一方的命令によつて、いかようにも自由に変更されるのでは、到底労基法上の明示特定を充たしていることにはならない。ましてや、当日になつて始業時刻のくり上げも、終業時刻のくり下げも自由にできるということになれば、それは実質的に「いつ」労務を提供するかを使用者が自由に決定変更できることにほかならない。客室乗務員はその日にならなければ何時から何時まで仕事をするかもわからないというわけである。会社のいうような、変則的労働時間制の設定を認められる以上、その変更も自由である筈だ、という議論は、労働基準法三二条二項が、変則を認めつつ同時に、当該変則の内容を特定することを求めた趣旨を没却する暴論である。

六 原判決は「勤務割表による勤務の指定という制度自体のうちに、既にその変更のあり得ることが予定されているということができる」と述べているが、被控訴人も、勤務割表によつて一たん特定した勤務がのちに変更されることがあり得ることを勤務協定が予定していることを否定しない。何故なら、勤務協定には、スタンドバイ制度(協定一―四)や休日の付加(五―一―二)など、それを行えば必然的に当初の勤務割が維持できなくなり、新たな勤務割を要するような規定も存するし、一方では、月間八〇時間の乗務時間制限を守るため会社に勤務割変更を義務づけた規定(四―三)すら存するからである。これらはいずれも明文の規定によつて新たな勤務割を要する場合を定めているのであつて、一般に勤務変更を命じうることを根拠づけるものでないことは明らかである。

加うるに、被控訴人が所属する客室乗務員組合も、いかなる勤務変更にも一切応じるべきでないとの立場をとるものではない。当日に至つての勤務変更には原則として応じられないが、それ以前に変更の連絡があれば柔軟に対応するとしている。そして組合は何よりも勤務協定に定めのない勤務変更について労使間のルールを確立するよう求めてきた。労働省からも同旨の行政指導が行なわれている。原判決の指摘も要は明確な労働協約を結べという点に帰結する。結局のところ、組合も監督官庁も裁判所もこぞつて労働協約の不備を問題としているのに、一人会社のみが勤務変更についていかなる手しばりをされることも拒否し、話し合いに応じようとしないのである。こうした硬直した姿勢が当日に至つて始業時刻をくり上げ、終業時刻をくり下げる本件のごとき勤務変更を平気でなす姿勢につながつている。もし会社にかような権限を無制約に与えれば、それが濫用され、明日の仕事の時間もわからないという毎日で客室乗務員の生活が破壊されることは目に見えているし、現にそうされつつあるのである。客室乗務員への不信感を強調する前にまず自らのエリを正すことこそ会社に求められているのである。

第七会社の主張する勤務変更の「必要性」は一方的勤務変更権の根拠たりえない

一 会社は、「勤務変更の必要性」を、「勤務協定上の要請」と「運航の確保という高度の公共性」に由来するものと把握し、この二つの面からの要請に応じつつ不測の事態に対処するためには、スタンドバイの起用よりも波及するところが少ない「勤務変更」の措置をとる必要性が会社の側には存在する旨を、るる主張している。

右の主張は、まず、然るが故に会社には一方的に勤務変更を命ずる権利が存在するという実質的論拠とされているものの如くであり、信義則論(「客室乗務員は特段の支障がない限り、勤務変更に応ずべき信義則上の義務を負う」との主張)の論拠ともされているようである。

二 しかしながら、会社の指摘する二つの面からの要請は、いずれも一方的な勤務変更の命令権(ないしこれに対する労働者側の応諾義務)を根拠づけるものではありえない。

すなわち、まず「定時性を確保しつつ運航を維持しなければならない」という公共的使命は、航空事業に特有のものではなく、バスであれ電車であれ船であれ、およそ定期旅客運送業である以上は、天災その他やむを得ない事由のない限り、あらかじめ免許あるいは認可を得た発着時刻を遵守する義務を法令上負わされているのである。

詳述すればつぎのとおりである。

定期航空運送事業が定時運航を義務づけられているという法的根拠は、航空法第一〇八条であつて、同条は、定期航空運送事業者が「その義務を行なう場合には、天候その他やむを得ない事由のある場合を除く以外、事業計画に定めるところに従わなければならない」と規定している(「事業計画」は同法第一〇〇条により、路線ごとに運輸大臣の免許を受けようとするに際し、提出しなければならない書類であるが、同法施行規則第二一〇条一項八号のハおよび同条二項六号のハにより、当該路線における運航回数及び発着日時は、右「事業計画」の必要的記載事項となつている)。

ところで同様の規制は、路線バスなど一般自動車運送事業に適用される道路運送法第一九条にもあり、同条も航空法第一〇八条とほぼ同一の「天災その他やむを得ない事由がある場合の外、事業計画に定めるところに従い、その業務を行なわなければならない」との文言で、運行の定時性を事業者に義務づけている(一般自動車運送事業の免許申請に際し、「事業計画」を提出すべきことは、同法第五条一項三号で、また、右事業計画中の必要的記載事項に、「運行系統ごとの運行時刻」が含まれることは同法施行規則第六条一項九号で、それぞれ明記されている)。

私鉄の場合は、地方鉄道法第二二条に、列車の運転速度度数・発着時刻の設定・変更につき監督官庁の認可を受けるべきことが規定され、同法第三九条二号により右認可条件違反に対する制裁が規定されている。

海運についても、海上運送法第一四条により、一般旅客定期航路事業者は、「天災その他やむを得ない事由がある場合の外、事業計画に定める運航を怠つてはならない」とされている(免許申請にあたり事業計画を提出すべきことは同法第三条二項、事業計画の必要的記載事項の中に「運航回数及び発着時刻」が含まれることは同法施行規則第二条一項六号ハでそれぞれ規定)。

このように見てくると、公法上の規制をうけるため「従業員が休暇・欠勤等によつて欠務」した場合に、「常に必ず他の従業員をもつて補充しなければならない」という事情は、これら定期旅客運送事業のすべてに共通している。会社の主張する勤務協定上の要請なるもののうち、運航にあたつて、一定の編成人員を維持しなければならないという事情も航空業界固有のものではなく、右の事業すべてに共通するものと言える。

会社がいうように、「定時性の確保という公共的使命」が、使用者による労働時間および始業・終業時刻の一方的変更権を根拠づけるものであるとすれば、陸上・海上の定期旅客運送事業についても、かかる法理が適用されうることになるが、これが暴論であることは言うまでもないであろう。

三 更に控訴人は、客室乗務員の勤務を変更する必要性は、「定時性の確保」という要請からのみ由来するのではなく、右要請に加えて、「客室乗務員の編成及び勤務条件に関し協定上種々の制約がある」ことに由来する、と弁解し、このように「定時性の確保」と「編成数・勤務条件に関する制約」という二重の制約を受けていることが、あたかも定期航空運送事業に特有の事情であるかのように主張している。しかし海上・陸上の運送事業においても、このような二重の制約は存在するのであつて、かかる二重の制約が存在するが故に、乗務員の勤務を変更する必要性(ひいては会社が一方的に勤務の変更を命じうる権利)が発生する、という控訴人の主張は、やはり暴論と言わざるを得ない。

1 すなわち、まず乗務員の編成数に関する協定等による制約という点に関して言えば、

<1> 船員の場合は、全日本海員組合と、船主団体との間の統一労働協約により、船舶乗組定員は会社と組合との協議決定事項とされており、これを受けて、文字どおり一隻一隻の船ごとにその乗組定員が、船長・航海士以下甲板員、機関員、司厨員に至る各職種別に、各会社と組合地方支部との間で協定化されている。

<2> また国鉄の列車乗務員および動力車乗務員に関しても組合(国労・動労・鉄労)と、日本国有鉄道当局との間に、列車の種別毎に、乗組定員が協定されている。

2 労働時間等を中心とする勤務条件に関する協定上の諸々の制約に関しても、むしろ航空業界よりも海運・陸運業界のほうが、事業としても労組運動としても長い歴史を有するだけに、協約・協定により休日付与に関するルール、労働時間・拘束時間の長さや制限や、休養時間の保証に関するルールを詳細に定めることについては、航空業界の比ではないと言える。

3 したがつて、「定時性の確保」と、「協定上の種々の制約」の双方を充足しながら、人員繰りを行わなければならないという点に関しては、これら海運・陸運業界も航空業界も全く同様、あるいは、それよりも一層厳しい条件の下に置かれており、そこに「乗務員の勤務を変更する必要」が事実上同様に発生するのであるが、にもかかわらず、このような変更を命ずることについての「使用者側の必要性」と、「従業員の権利の保護」の両面の「調和点」が然るべく設定されており、使用者側の必要性のみが優先される、という規範意識は存在しない。

国鉄の場合を例に取ると、始業・終業の時刻の概念およびその決定・変更の要件と手続は、「職員勤務規準規定」(甲第二八号証)の定めるところであるが、それによれば列車乗務員・動力車乗務員の始業時刻は「乗務する列車等の所定の発車時刻から乗務前の準備時間等に相当する時分だけさかのぼつた時点」、終業時刻は「所定の到着時刻から乗務後の準備時間等に相当する時分を経過した時点」として所属長が指定することにより特定される(右規程第六条。なお、「準備時間」の巾に関しては八一条等に細かく定めがある)が、この所属長の指定は、まず、毎月二五日までに、公表される翌一カ月分の「勤務予定表」によりなされ、この予定は四日前に「確定」する。すなわち、勤務の四日前以後は勤務予定表の変更は原則としてできないことになる。ただし、「勤務確定後、やむを得ない場合は、本人の生活設計を十分配慮して勤務の変更を行うことができる」(列車乗務員につき九三条、動力車乗務員につき一一〇条の各(3))が、その場合にも、変更の通知は、「前日終業時刻まで」(前日が勤務日でない場合は一七時まで)に行わなければならない(九条)のであるから、この時点以後においては、たとえ「やむを得ない場合」といえども、当局が一方的に勤務予定表を変更することはできないのである。

したがつて、この段階において不測の事態に対処するためには、労働者の同意があれば格別、そうでない限り予備勤務者(「出勤予備」および「自宅予備」の二種類がある)の起用によるほかはない(なお、勤務予定表が四日前に「確定」する、ということは、予備勤務に関して言えば「『予備の勤務に就く日』が確定するという趣旨であつて、労働時間の特定ではなく、従つて予備勤務の本来の趣旨からして、当然予備勤務開始後であつても、必要により乗務を指定するし、予定された予備の時間帯をこえる乗務指定もあり得る」ということが、労使間の交渉議事録で確認されている)。

ちなみに国鉄職員局作成にかかる解説書(乙第四〇号証の五、五一頁)においても、所定始・終業時刻を変更する場合には、「原則四日前、やむを得ない場合でも前日終業時刻(前日が年休等の職員に対しては前日の一七時)までにその旨を通知しなければならないことになつている」と明記されている。

右は、いわゆる民営化前の旧国鉄時代の規程の紹介であるが、JR移行後も、運用の実態は変わつていない(芝証言)。

四 1 会社は、本件の如く機材繰りに支障が生じ、そのために乗務員の人員繰りを予定どおり行なうことができなくなつた場合に、スタンドバイ要員を起用するよりも勤務変更で対処したほうが波及的措置の必要が少ない、という主張を設例にもとづいて展開し、かかる事情の存在が、会社による一方的勤務変更権を基礎づけるとしている。すなわち、スタンドバイを起用する、ということは、(1)スタンドバイから起用された者の当日以降の勤務変更を伴いうるものであり、(2)右の変更があればそのスタンドバイに起用された者が本来就く筈であつた勤務にその代替者を充てねばならないという事態も発生しうる、という点で、スタンドバイの起用は、その後のスケジユールの大幅な変更を招く、というのである。

この点については既に本書面第二で事実関係の面から詳述したが、ここでは法律論の面から再論する。

右の(2)の点は、勤務変更によつた場合にも、勤務変更を命じられた乗務員が本来乗務すべきであつた便の代替者を手当しなければならない、ということが一般的に言えるし、また(1)の点は控訴人自身も、「スタンドバイから起用されたからといつて当然に翌日以降の勤務が変更されることにはならない」ことを自認しているとおり、必ずしも比較の根拠になりえない。むしろ、技術的に二つの方法のいずれもとりうる、という状況であれば、労働基準法施行規則第二六条(予備勤務者についてのみ、八時間を超える労働をする日を特定することなしに、変形労働時間制を敷くことを認めた規程)の趣旨からしても、スタンドバイ起用を原則とすべきことは明らかであり、その意味でも原判決は正当であると言える。

2 一定の事態が発生し、これに対応する人員繰りの方法としてスタンドバイの起用によるよりも、(出勤者および出勤予定者相互の間の)勤務変更による方が無用に事務を繁雑化させないで済む、という事情がある場合に、会社がスタンドバイ要員の起用をあとまわしにし、まず勤務変更に応ずるよう関係乗務員に協力要請することは当然許されるし、乗務員側が右協力要請をほぼ例外なく応諾するであろうとの、経験則に裏づけられた見込のもとに、必要なスタンドバイ要員の歩止りを算定し、その算定にもとづき配置を行なうのも不合理ではない。

会社が従来から、スタンドバイ要員を最後まで温存し、極力勤務変更措置によつてまかなつて来た、ということの本質は右のように把えるべきものであつて、それ以上のことを意味するものではない。

3 要するに、不測の事態に対し、出勤者ないし出勤予定者相互間の勤務変更によつて対処する「必要性」なるものは、あくまでも事実上の必要性あるいは会社側の単なる事情というべきものであつて、その「必要性」のゆえに一方的な労働時間、始業・終業時刻の変更権を基礎づけたり、会社側の指示に労働者が応ずべき信義則上の義務を基礎づけたりするような、法的意味をもちうるようなものではない。

このことは勤務協定上、「勤務割の不時の変更に備え」る制度が、スタンドバイという形でのみ設定されているということ(乙第一号証勤務協定1―4)に照らしても裏付けられるところである。(スタンドバイから起用された乗務パターンが二日以上にわたる場合に、起用された日の翌日以降の勤務割が変更されることがありうることはスタンドバイ制度に内在するものであり、しかも当然のことながら右の意味での勤務変更は、変更される勤務の前日の勤務時間中、すなわちスタンドバイの時間帯においてなされるのであるから、これと、本件の如き場合を同列に論ずることは当を得ないものである)

4 スタンドバイの起用にかえて、出勤者又は出勤予定者相互間の「勤務変更」を、その当日に行う「必要性」が、実際にどの程度発生するのかは、きわめて疑わしい。

控訴人が、当審において提出した乙第二八号証は、おそらく典型的なある一日にかかわる勤務割表の変更のあり方を一覧させるものであるが、これによつても当日のスケジユール変更は、わずか一二例(一連番号六九一から七〇二)であり、そのうち六例は年休(AL)取得、五例はその穴埋めとしてのスタンドバイ起用(ALのうち一例はスタンドバイからALへの変更につき穴埋不要)、一例は欠勤理由の変更であつて、本件と同じような勤務者相互間の勤務変更の例はない。原審・当審を通じて本件と類似するケースとして被控訴人が提出した事例(乙第一五号証の九例及び乙第二五号証の五例)は、微々たる数であつて、これを一般化して、会社に対し勤務変更命令権を認めるべき根拠とするだけの普遍性はない。

第八被控訴人の行為は信義則違反にあたらない

一 以上のべたところから、被控訴人には「特段の支障がない限り勤務変更に応ずべき信義則上の義務」というようなものが措定されるべきでないことは明らかであるが、さらに会社は、本件勤務変更の要請が会社側にとつて必要不可欠のことであつて被控訴人が特段の理由なくこれを「拒否」したと主張するので、以下において反論する。

二 被控訴人に対する本件勤務変更の指示が、事態に対応するための必要不可欠な措置とは到底言えないことは、この指示を会社の方から積極的に伝える電話が一二時二五分ころなされたまま、あとは一三時四五分頃に被控訴人がコールバツクするまで会社は放置しておいたことに端的にあらわれている。

すなわち、あらたな指示により被控訴人らのグループが乗務すべきものとされた一五四便の出発時刻は一四時〇〇分であるから、本来ならばその一時間前の一三時〇〇分にはこのグループは大阪空港にシヨウアツプしていなければならず、更にその三〇分前の一二時三〇分には東洋ホテルを出発(ピツクアツプ)していなければならない筈なのである。にもかかわらず、右ピツクアツプタイムは勿論、所定シヨウアツプタイムを経過しても、会社の方からは何ら積極的な対処はなかつた。

被控訴人らの側には、当初の勤務割表によるピツクアツプタイム(一四時二〇分)以前には、会社と連絡がとれない状態であつても何ら咎められるべきものではなく、従つて会社側から見れば、一四時二〇分以前に被控訴人らと連絡が必ずとれるという期待はもちえない状態であつた。

「不確実性」を排するが故に、勤務変更は単なる要請ではなく有無を言わせぬ業務命令なりと主張する会社が、一二時三〇分(新たな勤務変更指示に従えば被控訴人らのグループがピツクアツプされるべき時刻)から一三時四五分頃(被控訴人が大阪空港支店に電話を入れた時刻)まで、来るか来ないかまつたくあてにできないほど「不確実」な被控訴人からの連絡を漫然と「じりじりしながら待つて」いるなどということは、およそ考えられないことである。

会社側が一二時二五分以降あえて被控訴人らのグループとの連絡を積極的に取ろうとしなかつたのは、とりもなおさず、一五四便以下の要員を確保する方法は、他にもあつて(スタンドバイの起用のほか、一三時二〇分に札幌から大阪空港に帰着した訴外尾崎戦時チーフパーサーのグループへの協力要請など)、是が非でもというほどではないが運よく被控訴人と連絡がついて被控訴人らのグループが一五四便以下に乗務することになればその方が好都合である、という程度の認識であつたからにほかならないであろう。

三 会社は、被控訴人の行為の信義則違反性を主張する前提として、休養時間のうち勤務協定上定められている一二時間(特定の場合は八時間)を超える部分の休養は、労働者側の権利ではなく、これを削減することについて労働者側にはなんの不利益もないとの主張を展開している。

しかし、会社の議論は、労働協約上の最低基準の設定と、就業規則ないし個別労働契約上の権利義務の関係を無視した暴論である。

すなわち、本来就業規則によつて特定されるべき始業・終業時刻が、会社においては前月末に配布される勤務割表によつて特定されるのであつて、同表にもとづいて特定される始業・終業時刻は実質的には一般企業における就業規則による定めに相当し、従つてその内容が個別労働契約の内容となる。勤務協定は、右勤務割表を作成する前提として、必ず保障すべき休養時間の最低限度等を定めているのであつて、一般に労働協約上の最低基準を下まわらなければ、労働契約の内容を一方当事者が自由に変更できる、などという理屈がなりたたないのと同様、勤務割表によつて特定される始業・終業時刻も、当事者の合意によつてはじめて変更することのできる権利義務の問題である。

たしかに、基地以外の場所における「休養」は、基地において与えられる「休日」とは異なり、家族との団欒や、近隣の友人・知人との接触などを享受できるわけではないから、休日にとつてかわることのできるものではない。また一二時間程度では、睡眠時間を除くと、二回の食事、入浴・身じたくをするほかに何かまとまつたことができるわけではない。しかし、勤務から解放される点においては本質的に同じであり、仲間同士の食事や買物などで疲れを癒す貴重な私的時間なのである。

四 会社は、「もはや一刻の猶予も許されな」い状況のもとで、被控訴人が即時無条件に指示に従わず組合の了解をとりつけるよう求めたことが、とりもなおさず「拒否」であり、信義則違反にあたるという。そして組合の関与を求めること自体が筋ちがいである、ともいう。

しかしながら、まず休養時間中の乗務員と会社がどの時点で連絡をとりあうことができるか、ということは全くの偶然に左右されるものであつて、「一刻の猶予も許されない」段階であるか、どうかは、乗務員側の責任に属する事柄ではない。そして、勤務変更の要請に応ずべきかどうか、ということについて、ある程度の時間をかけて検討することが全く許されない、などということはありえない(そのようなことがあればもはや協力要請という概念から逸脱する)。

五 本件の場合、被控訴人は、一三時四五分頃の大阪空港支店航務課との電話の中で、「組合は了解しているんでしようか」とたずね、航務課職員が「当然組合の了解も取りつけているはずだ」と、みずからの推量にもとづいて応えたので、そのことの確認を求めたのであつた。これに対し大阪空港支店航務課の担当者は、「羽田の方から電話をさせればいいのかな」とたずね、被控訴人の「そうです」という答えを得て電話を切つている。

つまり、被控訴人としては、(会社が個々の勤務変更指示につきあらかじめ組合の了解をとりつけたうえで関係各個人に指示するというような慣行がない、ということを知らなかつたため)単なる確認的質問として、組合の了解の有無を問い、担当者の「当然組合の了解も取りつけているはずだ」というあやふやな返事では満足できず、その確認を求めたものであり、大阪の担当者も被控訴人の要望を容れて右の点の確認のため「羽田の方から電話をさせる」ことを約束した、というのが、最初の経過である。ここまでの経過においては被控訴人が勤務変更への協力要請を拒否したものではないことはもちろん、積極的に組合の了解をとりつけてくれ、と言つたわけでもない。そして、大阪空港支店航務課の職員がいうところの「羽田の方からの電話」を待機していたことについて被控訴人には何の落度もない。

「羽田の方からの電話」は、一四時〇〇分ころ、水田先任チーフパーサーからなされた。水田先任が、勤務割変更の理由について説明したのに対し、被控訴人は「事情は十分理解できますが、組合と話し合つて下さい。その結果において、私は、組合の指示に従いたいと思います」と答えている。

被控訴人は、さきの大阪空港支店航務課職員の話から「羽田からの電話」とは、当然、組合からの「了解した」旨の電話であろうと考えていたし、勤務変更を余儀なくされる事情の説明よりも、組合が了解しているという事実を確認したかつた(組合が了解しているであろう、ということは大阪空港支店航務課の話から推測していた)ために、右のように発言したものである。この発言をとらえて、会社側からの協力要請に対し、被控訴人が諾否の判断を組合に一任した、あるいは組合の了解をとりつけることを承諾の条件として示した、と解釈するのも大げさであろうが、仮に強いて右のように解釈するとしても結局、水田先任は、被控訴人の右申し出に対し、「わかつた」「組合に一応事情説明のために連絡してみよう」と答えているのであつて、この段階においても被控訴人の言動にあえて咎められるべきものはない。

六 よしんば、被控訴人の言動が、協力要請に対する諾否の判断を組合に一任したと見るべきものであつて、そのことは会社側が了承したことではなかつた、と仮定しても被控訴人の行為には何ら非難されるべき点はない。

けだし、労働組合は、労働協約を締結して労働条件の基準を設定すること、および、これへむけて団結と団体行動を組織することだけを任務とするものではなく、組合員の個々の労働条件等についての苦情処理にあたることも典型的な任務の一つであり、そのことがまた団結強化をもたらす所以なのであつて、組合員が、みずからの労働条件の決定にかかわる意思表示をめぐつて所属組合の指導を求め、その意見を尊重しようとすることは当然であり、その自由を組合員に認めることは団結権の保障に内在する事柄である。会社は、社内広報紙「翼とともに」昭和五五年二月二〇日号(甲第九号証)に、「時々刻々仕事をしている最中に、会社の業務指示が組合との協定に違反していると思われるから、あるいはその疑いがあるからというだけで、その都度仕事を止め組合と協議し、その了解が得られなければ仕事は始められないということでは会社の業務は成り立ちません。」と述べて被控訴人を非難しているが、これは本件があくまでも勤務時間外における出来ごとであることを無視したすりかえの議論である。

七 また、本件に即して実質的に考えても、勤務変更についての協力要請に対する対応としては、イエスかノーかの二つにひとつ、ということではありえないのであつて、会社側の必要性にも応え、かつ、労働者側の不利益を極力少なくするような第三の方策を双方の努力により発見する、という対応もありうるのであつて、このような「第三の方策」を発見するうえで、本人よりも広い視野に立つて状況を把握し、対策を考えることが一般的に期待しうる立場にある労働組合の意見を本人が尊重する、という選択も充分合理性をもつ。

現に、本件の場合、実際にとられた対応策は、組合の安慶名副委員長の提示した案のとおり、大阪から一五四便に乗務したグループは同便のみで勤務を終わり、一五三便以下の乗務は、成田にいた国際線スタンドバイ要員をもつてあてているのである。一五四便に尾崎グループが乗務する場合にのみ、右措置が合理的であつて、被控訴人のグループが乗務する場合にはこの限りでない、という理屈はどこにもない。

そして、右安慶名提案は、黒沢先任チーフパーサーが状況を説明したのに対して同副委員長がたちどころに示し、かつ連絡を受けた被控訴人と配下のアシスタントパーサーも、ただちに承諾したところのものなのである。

八 以上の次第であつて、被控訴人の言動は、勤務変更についての会社の協力要請を拒否したものでないのみならず、不合理な条件を示して実質的に拒否したと同様の評価を受けるべき場合にも全く該当せず、従つていかなる意味においても信義則違反と評価しえないものであつた。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例